Vol.120 年の初めに思うこと ———「日本の大転換」に向けて
昨2011年は本当に大変な年でした。
しかし、千年に一度の大地震も、原発事故さえ無ければ、今後数十年以上も引きずるような究極の大惨事にはなっていなかったことを想起する時、人智の浅はかさ・科学技術の罪深さに身震いする思いです。
社会学者上野千鶴子先生の、叫びにも似た次の言葉に胸を打たれます。
2012年01月05日
≪ Vol.119 東日本大震災に思う(その8) ーーー原発に関する全日本仏教会の宣言文ご紹介 | TOP PAGE | Vol.121 日本仏教界、【3・11】を契機に覚醒! ーーー東日本大震災に思う(その9) ≫
Vol.116 『霊魂』のこと、『霊格』のことなど(その2) ———『涅槃』目指して!
Vol.115 “『霊魂』のこと、『霊格』のことなど” に記させて頂きましたように、私は、
(1) 私たちひとりひとりの「存在の本質」は、『霊魂』(魂、魂魄)
であり、肉体は『霊魂』が「この世」でお世話になる「生命を
持った舟」
2011年11月03日
≪ Vol.115 『霊魂』のこと、『霊格』のことなど | TOP PAGE | Vol.117 東日本大震災に思う(その7) ———原発問題に関する旧友からの「怒りのメール」ご紹介 ≫
Vol.115 『霊魂』のこと、『霊格』のことなど
『霊魂』という言葉・概念は、近代科学の世界には存在しません。
がしかし、『霊魂』はどの国語辞典にもちゃんと掲載されており、例えば大辞泉には次のように記されています。
2011年10月11日
≪ Vol.114 この世の「因果」に思う | TOP PAGE | Vol.116 『霊魂』のこと、『霊格』のことなど(その2) ———『涅槃』目指して! ≫
Vol.113 『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』にからんで(続) ーー「文学の力」について、再び私事ですが、、、
私は昨年4月のこの場に、2010年・第29回新田次郎文学賞に輝いた名著『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』を通じ初めて知った、私事の不思議なご縁について記させて頂きましたが、
今回はその続編として、だいくす朋子さんのエッセイ『文学の力』をご紹介させて頂きます。
2011年08月10日
≪ Vol.112 天外伺朗さんの描く「100年後の東北・日本」ご紹介 ーー東北大震災に思う(その6) | TOP PAGE | Vol.114 この世の「因果」に思う ≫
Vol.112 天外伺朗さんの描く「100年後の東北・日本」ご紹介 ーー東北大震災に思う(その6)
2111年3月11日、今から100年後の気仙沼で、、、、、
東北大震災を受けての、天外伺朗さん(元ソニー上席常務、工学博士、本名【故】土井利忠氏)の大変示唆に富むSF的エッセイをご紹介させて頂きます。
これはもともとは、4月1日のエイプリルフール用に書かれたものの由ですが、被災地の状況を考慮しこれまで公表を見合わせてこられ、このほど漸く「ゆほびか 9月号」の特集 “賢者6人が伝える明るい日本の未来図” のなかに収録されたものです。
(タイトルは、『天外伺朗の ”日本復興100年ビジョン” 〜100年後の未来からのメッセージ〜 』)
2011年07月24日
≪ Vol.111 東北から「日本仏教=日本の心」を国中へ再び! そして世界へも! ーー東日本大震災に思う(その5) | TOP PAGE | Vol.113 『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』にからんで(続) ーー「文学の力」について、再び私事ですが、、、 ≫
Vol.107 「脱原発」を決断し、「電力多消費文明」との訣別を! ——東日本大震災に思う(その2)
東日本大震災(東北関東大震災)から既に一ヶ月以上が経過しました。
しかし、余震は引きも切らず、福島原発はその日暮らしの綱渡り対応、復旧・復興作業も遅々として進まず、何ともやるせなく落ち着かない毎日です。
引き続き劣悪な環境での暮らしを余儀なくされている方々、ご家族がまだ不明の方々、必死に救援活動をされている方々、その他関係の方々に改めて心からお見舞いを申し上げます。
(大震災の10日後、私は、Vol.106“東北関東
大震災を機縁に、「新文明」の模索を!”と題する
思いを記させて頂きましたので、今回のこの文を
『東日本大震災に思う(その2)』とさせて頂きます)
2011年04月17日
≪ Vol.106 東北関東大震災を機縁に、「新文明」の模索を! | TOP PAGE | Vol.108 東日本大震災に思う(その3) ——原発事故に関連しての二つの声明文ご紹介 ≫
Vol.106 東北関東大震災を機縁に、「新文明」の模索を!
未曾有の大災害から10日。
余震はまだ活発、福島原発の状況も全く予断を許しません。
被災された方々、関係の方々に心よりお見舞いを申し上げます。
2011年03月21日
≪ Vol.105 『民主党の体たらくに、、』 ————早期解散・総選挙を求める! | TOP PAGE | Vol.107 「脱原発」を決断し、「電力多消費文明」との訣別を! ——東日本大震災に思う(その2) ≫
Vol.103 21世紀 Second decade の始まりにあたって ーー時代認識とわが国の可能性など
早いもので21世紀最初の10年が終り、今年から二番目の十年(Second decade)に入りました。
21世紀について、フランスの作家で文化大臣でもあったアンドレ・マルローは、
“21世紀はスピリチュアルな時代となるであろう、
さもなくばそれは存在しない。“
-Le 21eme siècle sera spiritual ou ne sera pas--
という予言をしましたが、21世紀最初の年に起きた9.11.事件、それに対するブッシュのアメリカの大報復戦争により、この10年は『スピリチュアル』とはほど遠いものになってしまいました。
2011年01月07日
≪ Vol.102 暑・迷・失・空・軽・溶、、、「今年の漢字」アラカルト | TOP PAGE | Vol.104 この世は無常(その2) ——エジプト情勢に思うーー ≫
Vol.94 『恋の蛍 山崎富栄と太宰治 』にからんで ーー三井物産マニラ支店のことなど、私事ですが、、、
見るからに聡明そうな、うら若き日本髪美女のモノクローム写真。
『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』(松本侑子著 2009年10月発行 光文社)は、18才時の山崎富栄がカバーを飾っています。
2010年04月01日
≪ Vol.93 生殖補助医療に係わる法整備に関して ーーー東京財団の研究報告書ご紹介 | TOP PAGE | Vol.95 この世に偶然なし(その2) ≫
Vol.91 「魂」には、善も悪も、真も偽も埋め込まれている! ーーー年の始めに思うこと
私は過去3年のこの場に、以下のような年頭の思いを記させて頂きましたが、今年は『魂底(こんてい)意識』について、思うところを記させて頂こうと思います。
( 2007年 “「小鳥の誓願」(年頭にあたって)”
2008年 “「こころの時代なのか」
ーー年頭にあたって、河合隼雄先生の
14年前のメッセージをあらためて“
2009年 “年の初めに、日本仏教界の覚醒を
願う” )
2010年01月09日
≪ Vol.90 「忍辱(にんにく)の人」鳩山首相にエールを送る! | TOP PAGE | Vol.92 「科学技術の進歩」について思うこと ーー「科学技術予算の事業仕分け」と鳩山首相施政方針演説を契機に ≫
Vol.89 『血位』を下げる ———穏やかな心を保つために
冷静さを失い、我を忘れた言動に走ってしまった時、
“頭に血がのぼり、逆上してしまいました” とか、
“カッと血がのぼって、何がなんだかわからなくなってしまいました”
などと言いますが、英語でも、“ My blood was up “ と言います。
2009年12月03日
≪ Vol.88 改正臓器移植法に対する「日本宗教連盟」の声明文 ならびに【ノン・ドナーカード】のご紹介 | TOP PAGE | 世界を再生させる日本文化と禅 ≫
Vol.80 『山見て拝み、海見て祈り、収穫良ければ感謝する、、、』 ーーーこれぞ日本の心、宗教の原点!
「宗教」という言葉が、悪いイメージ・危険なイメージを与えるような、私に言わせればかなり変な時代になってきています。
たしかに、オウムなどの「カルト宗教」、現世利益を追求する「力ずく」の新興宗教、あるいは「葬式仏教」、「観光仏教」と揶揄されるようになってしまった伝統的大仏教組織・寺院、、、目を海外に転ずれば、「神」の名の下に殺戮を繰り返しているユダヤ教・キリスト教・イスラム教の人々、、、、これでは誰しも「宗教」に良いイメージを抱ける筈がありません。
2009年06月11日
≪ Vol.79 この世は「忍辱(にんにく)」ーー民主党鳩山代表誕生に思う | TOP PAGE | Vol.81 「【脳死】は人の死」には、いまだ社会的合意無し! ーーー「再考の府」における徹底的な審議を望む!! ≫
Vol.74 池田晶子さんの三回忌に思う
今日2月23日は、妖精のような哲学エッセイスト 池田晶子さんの三回忌です。
まさに佳人薄命 2007年2月23日昇天 享年46才 腎臓ガン。
彼女の短く鋭い言葉の端々には「神理」が宿っています。
なかでも私が最も好きなのは、『魂を考える』のなかの次の一行です。
2009年02月23日
≪ Vol.73 「さっぽろ駆け込み寺」について ーー札幌版「年越し派遣村」誕生! | TOP PAGE | Vol.75 ソマリア沖への自衛隊派遣問題(その2) ーー日弁連会長の反対声明全文 ≫
Vol.66「欲望」—ーこのやっかいなるものと、「新しいパラダイム」
近代以降の大きな特徴の一つは、人間が宗教の束縛から解放されて自由になり、のびのびと奔放に、己の「欲望」を追求出来るようになったことと言えます。
ニュートン(英 1642~1727)と共に、西欧近代化の生みの親とされるデカルト(仏1596~1650)は、人間の「欲望」は、「宗教」に依らずとも「理性」によってコントロール出来ると考えました。
また、カント(独 1724~1804)は、「欲望」を「道徳」によってコントロールせんとしました。
爾来3〜4世紀、果たして人間の「欲望」は、「理性」や「道徳」によって的確にコントロールされているでしょうか?
2008年10月06日
≪ 自民党と民主党(その5)ーー解散・総選挙を前にして(敬称略) | TOP PAGE | Vol.67 「七つの社会的大罪(Seven Social Sins)」 ———マハトマ・ガンディーの警告 ≫
Vol.53『こころの時代なのか』ーー年頭にあたって、河合隼雄先生の14年前のメッセージをあらためてーー
私は昨年の年頭、お釈迦様のたとえ話しをこの場に記し、年の初めの決意を述べましたが(Vol.36 「小鳥の誓願」—年頭にあたって)、今年は、お釈迦様に代わって、わが心の師河合隼雄先生が今から14年前に書かれた『こころの時代なのか』について記させて頂きます。
2008年01月03日
≪ Vol.52『無財の七施(しちせ)』ーーー誰にでも出来る「布施(ふせ)」のすすめ | TOP PAGE | Vol.54 この世の「三毒」 ≫
Vol.48 老舗「赤福」の不祥事に考えるーー安原和雄さんに続いて
尊敬する安原和雄さん(フリージャーナリスト、元足利工業大学教授)が、ご自身のホームページ“安原和雄の仏教経済塾”上に、『「赤福」の不祥事に考えるーー正しい「もったいない」精神を』と題する極めて演繹的で奥深いエッセイを掲載されているのを発見しました。
2007年10月30日
≪ Vol.47 この世の「四諦」 | TOP PAGE | Vol.49 河合隼雄先生のことーー「ユングを超えた大仏教者」 ≫
Vol.46「スピリチュアル」とは? ーーその本来の意味、WHOのことなど
いわゆる「スピリチュアル」が、大ブームになっています。
テレビや出版界の友人によれば、中身はともかく、タイトルに「スピリチュアル」とつければ間違いなくそこそこは行けるとのことです。
これを「一過性の流行現象」と見るか? あるいは、混迷の今の世の中、人々は何かに拠り所を求めている証左と捉えるべきなのか? 私は、どうも後者では無いかと考えています。
2007年10月05日
≪ Vol.45 再び、テロ特措法延長問題に関してーーーオープンで冷静な国会論議に期待する | TOP PAGE | Vol.47 この世の「四諦」 ≫
Vol.29『宗教心溢れる時代』に向けて
宗教との係わり方の観点から、私は日本の歴史を四期に分けて捉えています。
第一期は、遠く縄文時代から六世紀の仏教伝来までです。
この長い時代、人々は大自然の中に神を感じ、その多彩な恵みに感謝しつつ、先祖を崇めながら慎ましやかに生きていました。
狩猟採集の縄文時代の後、「稲作」文明に入ったことも、人々が引き続き「自然との共生」を旨とする生き方を継続した要因と考えています。
第一期は『八百万の神の時代』です。
2006年09月11日
≪ ホームページをリニューアルしました。 | TOP PAGE | 「集団的自衛権」の行使論議に思う ≫
Vol.15 「夕焼け小焼け」に思う
“夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る
お手々つないでみな帰ろう からすといっしょに帰りましょう
子供が帰ったあとからは 丸い大きなお月さま
小鳥が夢を見るころは 空にはきらきら金の星”
『日本の心』を強く感じさせる童謡【夕焼け小焼け】 、私は子供の頃、毎日この歌を口ずさみながら家路についていました。
今の東京都八王子市の宮司の家に生まれた中村雨紅、本名高井宮吉が、この詞を書いたのは大正8年。
週末、勤務地に戻るべく、生家から何時間も歩いて八王子の駅に着き、東京行きの列車を待つ間にすらすらと書き上げたと述べています。
爾来八十数年、戦後からでもほぼ六十年、雨紅の生家宮尾神社のま下には八王子駅行きのバスも通り、駅の前には近代的なビルが立ち並んでいます。
2004年11月26日
≪ Vol.14 NPO法人「広報駆け込み寺」について | TOP PAGE | Vol.16 「不殺生戒」を今あらためて ≫
Vol.7 「近代合理主義」の功と罪
近代合理主義思想の「功」については多くを述べる必要は無いと思います。
我々の生活は、ここ二、三百年の驚異的な科学技術の発達のお陰で、それ以前の人々には全く想像もつかないほど便利で、物質的に豊かになりました。
しかも発達のスピードは超加速度的で、昨日まで夢であったことがあっという間に実現されてしまいます。
この恐るべき科学技術の発達は、17世紀ヨーロッパに生まれた「近代合理主義」と呼ばれる思想を土台にもたらされました。
それを思う時、この思想の「功」がいかに大きいものか、今更ながら驚かされます。