Vol.215     竹下亘議員  竹ちゃん、               本当にありがとう御座いました 安らかにお眠り下さい

[その他政治・社会分野]

昨日、元復興大臣、元自民党総務会長竹下亘さんのご訃報に接しました。
9月17日午前ご逝去 食道がん 享年74才。

テレビで拝見していますと、このところかなり痩せて来ておられましたので、心配をしていたところですが、これほど早く逝かれてしまうとは、、、、、、、、ご冥福を心からお祈り申し上げますと共に、これ迄に頂戴した数々のご厚情に対し改めて厚く御礼を申し上げます。


竹下さん(私的な場では「竹ちゃん」、「篠さん」と呼び合っていました)と初めてお会いしたのは、竹ちゃんがJETROを含む貿易業界をカバーする「貿易記者クラブ」所属のNHK経済部記者、私は三井物産の広報課長であった1980年代初頭でした。


当時三井物産はイラン政府と合弁で、IJPCという大石油化学コンビナートを現地で立ち上げ中でしたが、先ずオイルショックによる工事費暴騰に見舞われ、次に1979年のホメイニ革命により合弁相手消失・工事中断を余儀なくされ、更に1980年からのイランイラク戦争では、現場が被爆、、、、と、実に様々な苦難に遭遇し、プロジェクトは正に風前の灯、その実態は連日のように各メディアで大きく報道されていました。

そんななか、竹ちゃんを含む貿易記者クラブの方々と私たち広報室員とは、文字通り日夜を問わぬ濃密な接触が不可避・不可欠で、いわば戦友のような関係でしたが、竹ちゃんの真摯な取材態度と冷静・客観的な報道は高い評価を受けていました。


その後私は約10年間、東京を離れていましたが、1995年に三井物産の広報室長を拝命、NHKを退職され実兄竹下元首相の秘書をされていた竹ちゃんとの親しいお付き合いが復活をした次第です。

当時竹ちゃんを囲む会の一つとして、ご出身地ゆかりの「神在会(かみありかい)」という集いがあり、私もメンバーに加えて頂き、幅広くいろいろな勉強をさせていただきました。
また何かややこしい問題の折りなどには、親身になって相談に乗って頂いたり、立場が変わっても常に寛容で誠実な竹ちゃんには本当にお世話になりました。


   (因みに、10月は、出雲以外の国では「神無月(かんなづき)」
   と呼ばれますが、それは全ての神様が10月には出雲大社に
   参集するため、神様が居なくなることから来ています。
    逆に出雲では、10月は「神在月(かみありづき)」です)


さてその後、私は「林住期」入りを宣言し、東京・俗世間を離れましたので、この十数年、竹ちゃんとの直接の接触は全くありませんが、竹下派の諸動向、食道がん罹患の状況等、「林」の中からいつも注視してきており、心の中でエールを送り続けて来た次第です。


竹ちゃん、本当にお疲れさまでした! いろいろありがとう御座いました!
どうぞ安らかにお眠り下さいますように。
いずれ遠からずそちらでお会いする日を楽しみにしています、合掌。


    (尚ご参考迄に、私の「林住期」入りに付きましては、  
     
 Vol.132 “『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』 文庫本発行(続)
       ———大沼芳徳さんのエッセイ「林住期の贈り物」ご紹介“

     のなかで触れさせて頂いております)

                         (完)

2021年09月19日

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