Vol.200 この世は『包摂』!                   ———10年前の、Vol.61“「慈悲の心」の復元を!” を再び!          ��

[「この世」シリーズ]

『包摂(ほうせつ)』とは、「一つの事柄をより大きな範囲の事柄の中にとりこむこと」(大辞林)、つまり、『包み込む』ことです。
 
                                   
そして、『包摂社会』とは、

  “少数者・弱者はもちろん、全ゆる人々、多様な個性・肉体・生き方、
  様々な思想・主義主張、諸々の人種・民族・宗教など、いわば、
  「この世の全て」をあるがままの形で包み込み、それぞれの存在を尊重し、
  潜在能力を活かすことによって構成員全体の幸せを目指す社会“

と定義づけられます。


『包摂社会』はまた、単に人間のみを対象とするものでは無く、『一切衆生』——生きとし生けるもの全てーー、更には『山川草木』——山も川も草も木もーーも含めた、文字通り一切合切を包み込んでいる社会であるべきです。

その点において、江戸時代迄のわが国は、『包摂社会』の要件を立派に備えていたものと言えます。

「ダイバーシティー(多様性)」、「共生」、「連帯」、「寛容」、そして、「絆」、「ぬくもり」、「潤い」、「愛」なども『包摂社会』と密接に通底するものですが、そこにおいて最も重要なことは、強い側・多数の側が、常に弱い側・少数の側に寄り添い、心を通わせることに尽きると思っています。


   (尚、『一切衆生』・『山川草木』は、いずれも仏教がらみの言葉ですが、
    そのあたりやや詳しくは、

    Vol.25 “神も仏も、山も川も ——今こそ【日本仏教】の再評価を”

    をご参照頂ければと思います)


一方、『包摂』の対極に位置すること・ものを、一纏めに『反包摂化現象』と呼ぶとしますと、その主だったものは次の通りです。

  「対立」、「差別」、「排除」、「分断」、「隔離」、、、、、、、

  「偏見」、「嫌悪」、「不寛容」、「誹謗中傷」、「ネトウヨ」、
  「ヘイトスピーチ」、「いじめ」、「虐待」「各種のハラスメント」、、

  「独善」、「独断」、「詭弁・強弁」、「権力一極集中」、
  「ネポティズム」、「権力への過度な忖度・追従」、
  「不都合事実の隠蔽・改ざん」、「独裁」、「全体主義」、、、、、

  「格差の固定的拡大」、「階級社会再来」、、、、、


『反包摂化』とくれば、真っ先に思い浮かぶのは「トランプのアメリカ」ですが、わが国もまた「新潮45」事件に象徴されるように、このところ至る所で上記のような『反包摂化現象』が見られ、憂慮に堪えません。


『和の国 日本』、『山川草木悉有仏性の国 日本』がいったいいつの間にこうなってしまったのか? 
何とも暗澹たる思いですが、実は私は今から丁度10年前にも、同様な思いをこの場に記させて頂いております。

詳しくは、Vol.61 “「慈悲の心」の復元を!” をご覧頂きたいと思いますが、そこでは、『包摂』という言葉はまだ使っていないものの、“「弱肉強食の社会」・「殺伐として潤いの無い社会」に成り下がってしまった”わが国を深く憂いています。

そしてその事態には、ひたすら「新自由主義」を追求した小泉政権時代の5年半が、大きく関わっていると記したところです。

あれから10年。

一方で、グローバリゼーションの更なる進行もあり、事態は改善するどころか、悪化の一途です。
今やわが国は、アメリカと並ぶ、あるいはアメリカ以上の『反包摂国家』に成り下がってしまったと思っています。

そしてその元凶は、もうすぐ6年に及ぶ「安倍政治そのもの」であると私は考えています。


何も起こらなければ更にあと3年も続く「安倍政治」!
一体わが国はどうなってしまうのか???  末恐ろしい限りです。

改めて今、“「慈悲の心」の復元を!” と声を大にして訴えたいと思います。

そして手始めに、誰にでも出来る“無財の七施” を強く呼びかけたいと思います。

                                (完)

2018年10月07日

≪ Vol.199 “膿(うみ)出すと 言ってる人が ウミの親”               ———再び、毎日新聞「仲畑流万能川柳」より | TOP PAGE