Vol.194 この世は「祈り」(その2)                        ーーー「祈り」の『三本の柱』について

[「この世」シリーズ]

「祈り」につきましては、今から30年近く前の、私のサウジアラビア在勤時代の出来事を基に、Vol.13 “祈れば通ず” を記させて頂いております。

13年以上前に記したものですが、その思いは今も全く変わりません。

また、「この世」シリーズでも、「祈り」の本質とその対象などについてVol.69 “この世は「祈り」“ に記させて頂きました。

『人間のみが「祈り」を必要とする』(宗教学者町田宗鳳先生)という箴言は、胸に響きます。


さて「祈り」は、その安定のために次の『三本の柱』で成り立っていることが大切だと考えています。


    —最初の柱  : 「お願いする、お頼みする」祈り 
 
        これが全ての「祈り」の原点と言えます。


    —二本目の柱 : 「お任せし、委(ゆだ)ねる」祈り 
               
        自分の願望に過度に固執することを止め、思い切って
        全てを神仏にお任せし、委ねてしまう祈り。
             
        
        明治時代の宗教家清沢満之は、古くからの中国の言葉である

           『人事を尽くして天命を待つ』に対し、
           『天命に安んじて人事を尽くす』

        ことを提唱しています(Vol.137 “天命に安んじる” ご参照)


        それに倣えば、『天命に委ねて、心安らか、「祈り」清らか』
        ということになりましょう。

        
    —三本目の柱 : 「感謝」の祈り  

        良いことが起きた時に神仏に感謝するのは当然としても、
        たとえ良くないことがあったとしても、
        「もっと悪くなくて良かった、ありがたい」と、ひたすら
        感謝する「祈り」。


これら『三本の柱』のバランスをうまく取りながら、無心にひたすら祈り続ける。
さすれば願いはいずれ必ず天に届くと固く信じています。


ところで私の初詣では、毎年、家から歩いて10分ほどの北海道神宮です。

今年は、札幌に移住したばかりのわが娘と二人で、家内安全などと共に、戦争の無い世の中・世界の平和を、心を込めてお祈りしたところです。


        (尚、北海道神宮がらみということでは、
      
         Vol.144 “『悩み』を『祈り』に!
               ———北海道神宮【神の教え】より“

         も併せご覧頂ければと思います)

                         (完)    


2018年01月08日

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