Vol.188 『遺教経』ーお釈迦様の遺言ーのこと、『八大人覚』のこと

[その他仏教関連]

『遺教経(ゆいきょうぎょう)』、(あるいは、『仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)』)は、仏教の開祖お釈迦様(ブッダ、ゴータマ・シッダールタ)が今から約2,500年前、80年の生涯を閉じる直前に、弟子たちに最後に話されたことを纏めた経典で、古来「お釈迦様の遺言」として崇められているものです。


そして、その中心的な教えが、本当の大人になるための八つの基本的な修行徳目を述べた、下記の『八大人覚(はちだいにんがく)』です。

右側は、私なりの和訳です。

    

    (1)少欲(しょうよく)       欲張るな!
    (2)知足(ちそく)         足るを知れ!
    (3)楽寂静(ぎょうじゃくじょう)  一人静かに!
    (4)勤精進(ごんしょうじん)    努力せよ! 
    (5)不忘念(ふもうねん)      ボケッとしているな!
    (6)修禅定(しゅぜんじょう)    心を鎮めよ!
    (7)修智慧(しゅちえ)       ひたすら智慧を積め!
    (8)不戯論(ふけろん)       無益な論争をするな!


(尚、この『八大人覚』には、わが国曹洞宗の開祖道元禅師(1200〜1253)も特に深い感慨を覚えられたようで、著書「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の最後の巻を「八大人覚巻」と名付け、詳しく記されています)

———『八大人覚』の第一番目が、(1)少欲 であるところに、私はお釈迦様の真髄を見る思いです。

「少欲」と (2)知足 を合わせた『少欲知足』という仏教用語がありますが、私はその対極を意味する言葉として、『貪欲求足(とんよくぐそく)』を提唱しています。

『少欲知足』が仏教的な生き方であるのに対し、『貪欲求足』は西洋近代的な生き方と捉えていますが、この辺りやや詳しくは 

         Vol.170 “「少欲知足」と「貪欲求足」 
               ———『欲望』と『歴史の進歩』について“
 

をご参照頂きたいと思います。

    


———(3)楽寂静 の「楽」は「らく」・「楽しむ」ではなく、「ぎょう」・「求める」という意味です。

お釈迦様は出家者に対しては、『独居し、誰にも煩わされず一人静かに修行せよ』と説いておられます。


———(4)勤精進 (5)不忘念 (6)修禅定 の三つは、煩悩を鎮め悟りに到るための修行としてお釈迦様が説かれている『八正道(はっしょうどう)』——八つの正しい道筋・方法——、  そのなかの「正精進」・「正念」・「正定」と同じです。

『八正道』の残る五つは、「正見」・「正思」・「正語」・「正業」・「正命」ですが、それらに付きましては、

         Vol.47 “この世の「 四諦」” 

を併せご覧頂きたいと思います。


———(5)不忘念 の「念」は、パーリ語の「サティ」の漢訳です。
「サティ」の英訳は、「マインドフルネス(mindfulness)」。

「サティ」とは、気付く・心に留めおく・心を働かせる・注意を払う・気配りするなど、「心の働き」を広く意味する言葉と私は解釈しています。
「不忘念」を、上記の様に『ボケッとしているな!』と訳した次第です。


———(8)不戯論 の「戯論」とは、無意味・無駄な議論を意味する仏教用語です。
お釈迦様は「戯論」は心を乱すとして厳しく戒めておられ、一人静かに(7)修智慧 を説かれているものです。


今から2,500年も前にお釈迦様が残された遺言、『遺教経』、そしてその要である『八大人覚』。

片時も忘れず拳々服膺すべきものと考えています。

                            (完)

2017年03月09日

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