Vol.173 『四摂事』のこと ーー他者との接し方の理想として

[その他仏教関連]

『四摂事(ししょうじ)』(あるいは『四摂法(ししょうぼう)』)は、仏教の言葉で、「出家者」が「在家」の一般の人々を正しく導くための “四つの実践課題” のことです。

「布施(ふせ)」・「愛語(あいご)」・「利行(りぎょう)」・「同事(どうじ)」がその四つです。

これに対し、「出家者」が自らの「悟り」のために取り組む “六つの実践課題” のことを『六波羅蜜(ろくはらみつ)』と呼び、それは「布施」・「持戒(じかい)」・「忍辱(にんにく)」・「精進(しょうじん)」・「禅定(ぜんじょう)」・「智慧(ちえ)」の六つです。


         (『六波羅蜜』の中身につきましては、

           Vol.52 “『無財の七施』
                ——誰にでも出来る「布施」のすすめ”

          をご参照頂きたいと思います)


『四摂事』も『六波羅蜜』も、上記のように「布施」が最初に掲げられており、仏教では「布施」がいかに重視されているかが解ります。

ただここで言う「布施」は、いわゆる“お布施”——お寺や僧侶の方等へのお礼・対価——を意味するものではなく、本来の「布施」———「布」は、広く・あまねく、「施」は、与える・ほどこすーーー即ち、

   “見返りを期待せず、自らの持てるものを惜しみなく他に分け与える“

ことを意味します。

「布施」には次の三種類あるとされ、これを「三施(さんせ)」と呼びます。

   「財施(ざいせ)」———お金や品物を見返りを求めず与える

   「法施(ほうせ)」———仏の教えを伝える、説く

   「無畏施(むいせ)」——災難・悲劇・犯罪等に遭った人に対し、
               不安や恐怖心を取り除き、心を落ち着かせる


また、「財施」に対するものとして、財力が無くても出来る「無財の七施(しちせ)」という捉え方もあり、その中身は上記 Vol.52『無財の七施』 に記しました通りです。

『四摂事』の「布施」も『六波羅蜜』の「布施」も、財力とは基本的に無縁の「出家者」への課題であることから、その中心は「法施」と「無畏施」になり、また「無財の七施」になると思われます。

「布施」の原点は、「心を施すこと」と言えそうです。


さて、『四摂事』の残る三つは次の通りです。
それぞれの対極に位置すると思われるものも併記致します。

    「愛語(あいご)」———愛情溢れ思いやりに満ちた言葉で話したり
                 書いたりすること

           対極ーーー暴言・放言・ヘイトスピーチ
            
    「利行(りぎょう)」——相手のためになることをすること
               「利他(りた)」の行動

           対極ーーー自己中・私利私欲・収奪

    「同事(どうじ)」———相手に寄り添い、相手と一体になること
            
           対極ーーー独断・差別・いじめ・敵対    


『四摂事』も『六波羅蜜』も、前述の通り本来は「出家者」への課題ですが、ことさら「出家者」に限る必要は全く無く、それらは私達一般人にとっても、目標とすべき気高い実践課題と考えています。


特に『四摂事』は、他者と接する時の理想的な態度・心構えと思えるだけに、常に心に留め置き、それに近づく努力を続けることが、円滑円満な社会生活にとって極めて大切と思っています。

(尚、一般人の場合の「布施」は、財力のある人には「財施」も課されること当然です)


世界中で弱肉強食化が一段と進み、上記対極として記しました社会現象があまねくはびこる昨今ですが、『四摂事』を身につけた人が少しでも増えていけば、世の中は今よりずっと安らかで穏やかになるものと確信しています。

                         (完)

2015年12月01日

≪ Vol.172 この世の『こよなき幸せ』と、『なんという贅沢』                ———お釈迦様のことば、鴨長明のことば | TOP PAGE | Vol.174 映画『袴田巌 夢の間の世の中』完成!                ———「わが国の今」を見つめ直す糸口としても、、、 ≫