Vol.170 「少欲知足」と「貪欲求足」                        ———『欲望』と『歴史の進歩』について

[その他仏教関連]

「少欲知足(しょうよくちそく)」は仏教の言葉で、“欲は少なく、足るを知れ!”、即ち、

    “何事もあまり欲張らず、現状でもそれなりに十分満たされている
    ことに目を向け、感謝をしなさい“

という教えです。


これは、原始仏教の教義の一つである「四諦(したい)」に基づくものと私は理解しています。

ただ「四諦」は、煩悩(『欲望』と執着)を「滅する・消し去る」ことを説いているのに対し、「少欲知足」は、『欲望』も「少なく・小さければ良い」ことになり、救われる思いです。


        (「四諦」につきましては、

         Vol.47 “この世の「四諦」” を、ご参照下さい)


一方、「貪欲求足(とんよくぐそく)」は私の造語ですが、「少欲知足」と対極をなすもので、

     “常により大きな満足を目指し、ひたすら欲望の実現・充足を
     追い求める生き方“

を意味します。

前者を仏教的あるいは古典的な生き方とすれば、後者は『西洋近代的』な生き方と言えます。


『欲望』と「近代主義」について、また「資本主義」との関係について、経済学者にして思想家の佐伯啓思先生は次のように定義づけておられます。
私も全く同じ思いです。


     “ 「近代主義」とは、人間の欲望や自由の無限の拡張運動であり、
      理性や技術のもつ力への限りない信頼によって
      合理性を果てしなく追求する運動である。“


     “ 「資本主義」とは、人間の欲望を無限に解放し、
      私的な競争によってたえず新たな商品を欲望の前に提供
      することで資本を無限に拡張しようとする運動である。“

               (いずれも「大転換  脱成長社会へ」より)


近代人はこうして、ひたすら「貪欲求足」の道を走り続けて来た訳ですが、そのお蔭で、いわゆる『西洋近代文明』が勃興し世界中に拡がり、人々の暮らしは近代以前にはとても考えられないほど便利で快適になっていること間違いありません。


「少欲知足」では、とてもこれほどの『進歩』は具現出来なかったこと明白と考えています。


さてしからば私達は、これからもこれまで通り、「貪欲求足」の生き方を続けるべきなのか? 続けることが出来るのか?

『西洋近代文明』は、これからもこれまで通り、『進歩』し続けることが出来るのか?

答えは、“No ! “ と確信しています。


Vol.57 “「この世」と「あの世」(その3) ——『「この世」と「あの世」はひとつながり』という捉え方を再び!” に記しました通り、私は現下の『西洋近代文明』は、

   (1) 人の心の破壊
   (2) 地球環境の破壊
   (3) 核による破壊

という『三つの破壊』に直面しており、今や破滅の危機に瀕していると捉えています。

そしてこの『三つの破壊』は、いずれも「貪欲求足」の必然的結果と考えられ、「少欲知足」からは決して生じないものと言えます。


つまり、『欲望』は、『進歩』と共に『破壊』ももたらしていることになり、果たして『西洋近代文明』による『進歩』は、『本物の進歩』と言えるのか?  深く考えさせられます。


この辺りに関し、前出佐伯先生は近著で次のように述べておられますが、強い共感を覚えます。


     “古典古代やキリスト教という目に見えない支柱を失った近代社会は、
     もはや確かな価値をもちえず、どんどん不安定化せざるをえません。

     しかし「近代主義」は、それを「歴史の進歩」と呼ぶのです。“

          (「西欧近代を問い直す 人間は進歩してきたのか」より)


佐伯先生が予見する『不安定化の進行』に歯止めをかけ、私が案ずる『三つの破壊』を食い止める道はただ一つ。

それは、「少欲知足」への回帰と固く信じています。


それにより、いわゆる『歴史の進歩』は大幅にペースダウンすることになりましょうが、そろそろ私達は、『進歩』そのものに対しても「少欲知足」で臨むべきと思っているところです。


       (『欲望』につきましては、

        Vol.66 “「欲望」
         ——このやっかいなるものと「新しいパラダイム」“

        も併せご参照頂ければと存じます)

                             (完)

2015年07月21日

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