Vol.160 「十悪」のこと、「十善戒」、「五戒」のこと                ーーー『ダンマパダ』をひも解きながら、、、

[その他仏教関連]

「十悪」、「十善戒」、「五戒」、いずれも仏教の言葉です。


「十悪」は、文字通り十種の【悪い行ない】のことで、それらをしないようにという「戒め」が「十善戒」、一方、「五戒」は、お釈迦様直々の五つの「戒め」です。

パーリ語で書かれた原始仏典の一つである『ダンマパダ』(『法句経』あるいは『真理の言葉』)は、お釈迦様の語録集とされており、合計423の短い言葉が26章に分かれて記されていますが、その第17章「怒り」のなかに、【悪い行ない】について次のような記述があります。


   231. 身体がむらむらするのを、まもり落ち着けよ。
        身体について慎んでおれ。
        【身体による悪い行ない】を捨てて、身体によって
        善行を行なえ。

   232. ことばがむらむらするのを、まもり落ち着けよ。
        ことばについて慎んでおれ。
        【語(ことば)による悪い行ない】を捨てて、語によって
        善行を行なえ。

   233. 心がむらむらするのを、まもり落ち着けよ。
        心について慎んでおれ。
        【心による悪い行ない】を捨てて、心によって
        善行を行なえ。

          (『ブッダの真理のことば・感興のことば』中村元訳、
           以下も同じ)

「十悪」は、上記【身体による悪い行ない】、【ことばによる悪い行ない】、【心による悪い行ない】の三つが、後世になって更に整理・細分され、【身の三悪】、【口の四悪】、【意の三悪】、合わせて「十悪」として具体的に明示されたものと言えます。

以下がその中身です。


【身の三悪】  殺生(せっしょう)   生きものを殺す
        偸盗(ちゅうとう)   他人のものを盗む
        邪淫(じゃいん)    ふしだらな男女関係

【口の四悪】  妄語(もうご)     嘘をつく
        綺語(きご)      きれい事を言ってごまかす
        悪口(あっく)     他人の悪口を言う
        両舌(りょうぜつ)   二枚舌を使う

【意の三悪】  慳貪(けんどん)(または貪欲(とんよく))
                    欲望に執着し、むさぼり求める
        瞋恚(しんい)     怒り、怨み、嫉妬する
        邪見(じゃけん)    誤った見方・考え方をする


     (尚、上記【意の三悪】は、人間の煩悩の元凶とされている
      三つの毒ー——【三毒】———とほぼ同じ内容です。
      Vol.54 “この世の「三毒」” もご参照下さい。

      また、この【三毒】と「近代社会」との関係についての私見を
      Vol.55 “「煩悩」と近代社会” に記させて頂いています)

「十善戒」は従って、【不殺生戒】、【不偸盗戒】、【不邪淫戒】、【不妄語戒】、【不綺語戒】、【不悪口戒】、【不両舌戒】、【不慳貪戒】(または【不貪欲戒】)、【不瞋恚戒】、【不邪見戒】の十の「戒め」のことです。


一方「五戒」は、【不殺生戒】、【不偸盗戒】、【不邪淫戒】、【不妄語戒】、【不飲酒戒(ふおんじゅかい)】の五つの「戒め」ですが、これは前記『ダンマパダ』第18章「汚れ」のなかの次の言葉に依拠するものであること自明です(順序は少し異なりますが)。


   246. 生きものを殺し、虚言(いつわり)を語り、
        世間において与えられないものを取り、他人の妻を犯し、
   247. 穀酒・果実酒に耽溺する人は、自分の根本を掘りくずす人
        である。


     (「五戒」につきましては、10年近く前に記しました、
      Vol.16 “「不殺生戒」を今あらためて” もご覧頂ければと
      思います)


さてここで興味深いのは、「五戒」のうちの四つは、そのまま「十善戒」に入っているものの、【不飲酒戒】だけは外れていることです。

即ち、「飲酒」は、上記のように「十悪」には入っておらず、正当化されているとも言え、この点、お釈迦様の言葉がないがしろにされていると言えます。

もっとも、『お釈迦様が戒めているのは、酒に「耽溺」することであって、飲酒そのものは禁じられていない』と強弁することも出来ますが、苦しい言い訳に聞こえます。


ここは、『酒は「ことば」と「心」を乱す』ことを認めた上で、それでも尚、「飲酒」を正当化するために、【不飲酒戒】のいわば代償として、「ことば(口)」と「心(意)」についての「戒め」を六つも増やし、「五戒」を「十戒」にした、と解釈する方が良さそうです。

いずれにせよ酒は、仏教に限らずどの宗教でもなかなか扱いにくい問題であることは間違いありません。


ところで、『ダンマパダ』の第1章は「ひと組ずつ」の見出しの下、二つの事柄が対になって語られています。


以下は、【悪いこと】と【善いこと】についての二組の言葉です。
(尚、文中の「来世」は、いわゆる「あの世」(死後の世界)の意味で使われていると思われます)


   15. 【悪いこと】をした人は、この世で憂え、来世でも憂え、
       ふたつのこころで共に憂える。
       彼は自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。

   16. 【善いこと】をした人は、この世で喜び、来世でも喜び、
       ふたつのところで共に喜ぶ。
       彼は自分の行為が浄らかなのを見て、喜び、楽しむ。

   17. 【悪いこと】をなす者は、この世で悔いに悩み、来世でも
       悔いに悩み、ふたつのところで悔いに悩む。
       「私は悪いことをしました。」といって悔いに悩み、
       苦難のところ(地獄など)におもむいて(罪のむくいを受けて)
       さらに悩む。

   18. 【善いこと】をなす者は、この世で歓喜し、来世でも歓喜し、
       ふたつのところで共に歓喜する。
       「私は善いことをしました。」といって歓喜し、
       幸あるところ(天の世界)におもむいて、さらに喜ぶ。


お釈迦様の言葉に従って、「五戒」を守るーーー飲酒はしないーーー、それが本来の仏教徒なのでしょうが、もし飲酒をするのであれば、「十善戒」を守る、これが「あの世」を楽しく過ごす鍵のようです。

                           (完)

2014年10月14日

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