Vol.139 「戒名」は自分で!                            ——「寺檀関係」を有さない方へのお奨め                          

[その他仏教関連]

仏教式の葬儀で、故人に「戒名」をつけるのはわが国独特の慣習であり、仏典で規定されているものでもなければ、仏教の教えと直接結びつくものでもありません。

従って、「俗名」のままで葬儀を行っても教義上は何ら問題無く、故人が「あの世」で困るようなこともありません。

その一方で、故人の人柄や生きざまを彷彿とさせるよう見事な「戒名」がつけられている場合には、「戒名」は故人を追想・追懐する貴重なよすがとなる訳で、それなりの意味は十分あると言えます。

ただその為には、故人を熟知する僧侶に「戒名」をつけてもらう必要があり、故人とは一面識も無く葬儀の導師役だけをお願いするような僧侶では、そのような見事な「戒名」はあまり期待出来ません。


私が、お寺と特別なつながりを有さぬ方に、自分で「戒名」をつけることーー「自己戒名」——をお奨めする理由はそこにあります。

「自己戒名」にはまた、【戒名料】を巡る煩わしさやトラブルを避けるという利点もあります。


さて、「戒名」とは、本来は仏門に帰依し受戒した仏教徒(基本的には出家者)に、その時点で、即ち生前に、授けられる法名のことです。

それが、死者全員に授けられるようになったのは、江戸時代、徳川幕府が「寺檀(じだん)制度」を導入した以降です。


     (「寺檀制度」——「寺請(てらうけ)制度」あるいは「檀家制度」
      とも——は、徳川幕府がキリスト教統制の為に導入したもので、
      人々はいずれかの寺に檀家として所属することが義務づけられ、
      寺は「宗旨人別帳」を作成し、いわば行政組織として檀家の戸籍
      管理も行っていたもの。
      死後は「戒名」を「宗旨人別帳」に記載)


その後明治維新となり、新政府により「国家神道」が創建され、葬儀も神式(「神葬祭」)が奨励されるなか、「寺檀制度」は廃止され、仏教やお寺の位置づけは大きく変わりました。

     
     (明治政府による「神道国教化政策」、「神仏分離令」などに
      関しましては、
      “神も仏も、山も川も・・・今こそ【日本仏教】の再評価を”
      をご参照頂きたいと思います)


ただ、寺と檀家との結びつきは明治以降も概ね維持され、寺は檀家の墓を維持管理すると共に、「戒名」授与を含む葬祭供養を独占的に行い、檀家はその寺の経営・運営を支えるという関係(「寺檀関係」あるいは「檀家関係」)が今日に至る迄存続しているところです。


ところが一方で、特に戦後、都市部への人口流入の急増により、また核家族化の影響もあって、「寺檀関係」を結ばず、お墓は公営・民間の霊園に設ける方々が増加の一途を辿っています。

「自己戒名」は、正にそういう方々に相応しいものと言えます。


これ迄の人生を改めて振り返り、自分の生きざま・想いが込められているような「戒名」を自ら考え決める、、、、、それは、「戒名」という江戸時代からの慣習に新たな生気を吹き込む取り組みであって、今後勢いを増して来るのではないかと思っています。


「戒名」は自分で!   お奨めです!!


     (尚、「戒名」に関する専門的な説明ならびに宗派別の基礎知識
      などにつきましては、宗教社会学者橋爪大三郎先生の、

      『なぜ戒名を自分でつけてもいいのか   ブッダの教えから
       戒名を考える』(サンガ新書、2012年4月発行)

      をご参照頂ければと思います)

                            (完)
      

2013年04月02日

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