Vol.122 沖縄普天間問題、「辺野古固執」は歴史的愚挙!           ーー野田首相は現実を直視し、対米交渉開始を!!

[その他政治・社会分野]

大震災からもうすぐ1年。
政治の混迷・非力もあって、この1年は本当に長く感じられました。

被災地の方々なかでも福島の方々は、その思いが一段と強いものと推察しています。

未だに避難を余儀なくされている多くの方々はじめ、被害に遭われた全ての皆様、関係の皆様に、改めて心よりお見舞いを申し上げます。


さて震災の約20日前、私はこの場に、早期解散・総選挙を求める訴えを記させて頂きました。


その前年6月に発足した菅内閣のその時点での支持率は、NHK21%・共同通信19.9%など、軒並み20%前後であり、政権はもはや風前の灯、総辞職あるいは解散・総選挙必至の情勢でありました。


そんななか私は、早期解散・総選挙を求めると共に、リーダー候補がなかなか見当たらぬ故、次の総選挙には、現職国会議員以外の有為な人材が一斉に出馬されることを強く訴えた次第です。


しかし直後の震災により、菅内閣は失政・醜態を重ねつつも結局8月末迄延命、そして総選挙がまだ無理であったがために、9月には民主党3人目の野田首相が誕生したという展開でした。

爾来丁度半年。


民主党代表選候補4人のうちでは最も安定していると見られた野田首相ですが、自民党もビックリの属米路線と増税強行路線を鈍牛の如く突き進んでおり、政権の前途は大波乱含み、政治に対する国民の不信と諦めも一段と進み、有権者の半分が無党派層になってしまいました。

『このままでは次に誰が首相になったとしても「6人目の短命首相」になる』という1年前の私の予想が現実味を帯びつつあり、何ともやるせない思いです。


     (上記1年前の私の全文は、
      Vol.105“民主党の体たらくに、、、、早期解散・総選挙を求める”
      をご覧下さい)


さて、ここからが本論ですが、その野田首相は先月末、就任後初めて訪れた沖縄で、『辺野古移設が唯一有効な方法』であり、『私なりのスタートラインに立ったと思う』と述べられました。

どうやら本気でそう考えている風情であり、ひょっとして移設強行も胸中にあるのではないかと愕然とした次第ですが、私は事態はもはや不可逆、いかなる「アメとムチ」を用いても辺野古移設は不可能であり、辺野古に固執するのは時間と労力の空費と確信しています。

以下は、首相初来県を受けた沖縄タイムスの社説の一部ですが、私はそこに沖縄の人々の【怒りの本質】が凝縮されていると感じています。


     " 「最低でも県外」を唱え、挫折した鳩山由紀夫元首相に普天間問題の
     停滞の責任を帰する論調は中央メディアでもかまびすしい。
     
     しかし、県民にうっせきした不満は、鳩山氏が「最低でも県外」と
     言い出したことや、移設先が一時迷走したことに由来するものでは  
     ない。

     安保を聖域化し、自公政権の政策をそのまま踏襲する民主政権の
     不甲斐なさに向けられているのである。“

              (2月26日付「混乱の元凶を直視せよ」


     “再編見直しをめぐり、沖縄の米海兵隊の一部を米軍岩国基地に
     移したいとの米側の打診に対し、政府は即座に拒否を決めた。

     山口県と岩国市から強い反発があったためだ。

     本土に飛び火しそうになると慌てて打ち消し、沖縄に対しては、
     辺野古が「唯一、有効」だとして譲らない。

     沖縄の怒りはここにある“

              (2月28日付「上空から何をみたのか」

野田首相には、沖縄の現状を直視し、県民の【怒りの本質】を謙虚に的確に感得されることを強く求めたいと思います。


首相が向き合うべきは沖縄県民ではなく、アメリカ政府であり、また他道府県民なのです。

残る任期中に、是非とも「対米交渉のスタートライン」に立たれることを切望するものです。

尚、全くの余談・私事ですが、私の(今のところ)ただ一人の孫には、沖縄の血が半分流れています。

幼い彼女の顔を思い浮かべながら、本稿を記した次第です。

                            (完)

2012年03月05日

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