Vol.112 天外伺朗さんの描く「100年後の東北・日本」ご紹介             ーー東北大震災に思う(その6)

[その他スピリチュアル分野]

2111年3月11日、今から100年後の気仙沼で、、、、、


東北大震災を受けての、天外伺朗さん(元ソニー上席常務、工学博士、本名【故】土井利忠氏)の大変示唆に富むSF的エッセイをご紹介させて頂きます。


これはもともとは、4月1日のエイプリルフール用に書かれたものの由ですが、被災地の状況を考慮しこれまで公表を見合わせてこられ、このほど漸く「ゆほびか 9月号」の特集 “賢者6人が伝える明るい日本の未来図” のなかに収録されたものです。

(タイトルは、『天外伺朗の ”日本復興100年ビジョン” 〜100年後の未来からのメッセージ〜 』)


天外さんに付きましては、今年の私の年頭の思い(“21世紀 Second decade の始まりにあたって ———時代認識とわが国の可能性など”)のなかで、ご発言の一部を(なぜ「【故】土井利忠氏」なのかも含め)ご紹介させて頂きましたが(始めから3分の1位のところ)、


今回ご紹介するエッセイには、

   
  ・日本は大統領制と道州制を導入、東北州の州都は気仙沼

  ・「ツナミ債」と呼ばれた新機軸の復興債で国内外から50兆円手当て

  ・「人間性都市工学」、「エネルギーネットワーク工学」の誕生

  ・「個電」、「エネルギーネットワーク」、「有機電池」産業の勃興

  ・世界一の観光地三陸地方

  ・核兵器も核エネルギーも無い世界

  ・GDP世界第5位、GNH第1位

     
等々、様々なビジョンやメッセージが埋め込まれている一方、


時のわが国の大統領は、「あしたのジョー」とも読めたり、「日本復興100年ビジョン」のテーマソングが、サザンオールスターズの「TSUNAMI」ならぬノーザンオールスターズの「ツナミ」だったり、西方極楽浄土を思わせる「ジョードシステム」が出て来たり、、、、と、なかなか楽しい読みものでもあります。


以下はその全文です。


「真夏の世の夢」が正夢になりますよう、政治のリーダーシップに期待するや切です。


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2111年3月11日、東北州の気仙沼州都において、各国の首脳の列席のもとに、東日本大震災100周年の記念式典が開催された。

日本の明日野譲(あすかのゆずる)大統領は、この100年の復興の様子を振り返り、次のような主旨のスピーチを行った。


①     この記念式典にご出席いただいた各国首脳に対して、まず100年前のご支援に感謝する。

世界中から寄せられた手厚い支援によって、日本はその後、すばらしい復興を遂げることができた。

東日本大震災は確かに不幸な出来事だったが、まさに、あの瞬間に日本は生まれ変わったのだと思う。先人たちの知恵と勇気に、心から敬意と感謝をささげたい。


②     特に翌年に制定された「日本復興100年ビジョン」は、とかく沈みがちだった人々に、勇気とやる気を復活させ、復興の原動力になった。

このビジョンのテーマソングに選ばれた、ノーザンオールスターズの「ツナミ」は世界中でヒットし、21世紀のベストソングに選ばれた。
(20世紀のベストソングは、ルイ・アームストロングの「What A Wonderful World」)


③   日本政府は、通常の国債とは別に、通称「ツナミ債」と呼ばれた復興債を発行し、世界中の善意を受けて10年間で50兆円を超える復興資金を確保した。

個人の預金や企業の内部留保金は「ツナミ債」で保有することが、世界的に流行した。


④   日本の復興は、「個電産業」(⑦参照)、「エネルギーネットワーク産業」(⑨参照)、「有機電池産業」(⑩参照)などの裾野の広い新しい産業を生み、日本が新技術の発信源となった。

気仙沼は、それらの技術の研究開発の中心拠点として、世界の技術革新に貢献した。


⑤   津波で壊滅的な被害を受けた多くの市町村は、政府からの豊富な資金援助を受けて、それぞれに「未来型都市」に向けたコンペを行った。

とりわけ、この気仙沼で採用された、イタリアのロロブリジータ氏と東北大学の瀬名秀朗教授の共同提案「ジョードシステム」(⑧参照)は、その後の世界の都市作りのひな型となり、文化と技術の発信源となった。
 

⑥   ロロブリジータ氏は、当時はまだ無名な建築家だったが、その後「人間性都市工学」という新しい学問分野を樹立し、世界的権威になった。

今や、都市計画とエネルギー供給、廃棄物処理などのエンジニアリング、文化や芸術を中心としたコミュニティ作り、住民の健康管理の仕組み作りが一体になることは常識になった。


⑦   瀬名教授が、気仙沼のために提案したシステムは、その後は「エネルギーネットワーク工学」と呼ばれるようになり、多くの新技術を生み出す原動力になり、世界のエネルギーの供給と消費の仕組みを一変させた。

巨大な発電所に頼らず、個人や家庭や市町村で個別に電力を供給する方向性は「個電」と呼ばれるようになり、日本のお家芸になった。
もちろん、「個電」のいちばんのベースは徹底した省エネルギー技術だ。


⑧   「ジョードシステム」というのは、瀬名教授の出身地である、三陸の浄土ヶ浜にちなんで名づけられた。

二度と悲劇が起きないための徹底した防災対策はもちろんのこと、大自然と調和した美しく統制の取れた街並み、人々が自然に集い、芸術、文化、趣味などを通じて仲間作りができる、お祭り広場を中心に配した街の構成。

個別の家やビルが、じゅうぶんな断熱と太陽熱の有効利用により、夏も冬も冷暖房なしで過ごせる工夫。 各家庭やビル、コミュニティごとに必ずバッテリーを装備し、随所に設けられた、太陽光、太陽熱、地熱、風力などの、大小取り混ぜた発電装置から自動的にエネルギーが供給されるシステムなど、多くの特徴がある。


⑨   「エネルギーネットワーク工学」というのは、当時すでに実用化が始まっていた「スマートグリッド」を、大幅に発展させたものであり、エネルギーの供給に通信技術を導入したものだ。

それまでのシステムは、エネルギーというのは常時供給するのが常識だったが、パケット通信によく似た仕組みを応用して、必要なエネルギーを個別に供給できるようになった。

これにより、各家庭やコミュニティに装備された多くのバッテリーが、常に最適なバランスで充電されるようになった。


⑩   当初、気仙沼ではリチウム・イオン電池が導入された。

その後、気仙沼エネルギー研究所で発明された、約1000倍の容量を持つ「有機電池」が実用化された。「有機電池」は、生物のエネルギー蓄積にヒントを得た新技術だ。


⑪   「有機電池」は、エネルギーの供給や需要の発想を根本的に変えただけでなく、ガソリン自動車を駆逐した。

それは、産油国の地位の低下を招いたが、膨大な石油利権がなくなったために中東に平和が訪れた。


⑫   この100年で、世界中で最も観光客を集めたのが、気仙沼を中心とする三陸地方だ。

美しい景観と、高度な技術に裏づけられた都市作り、技術や文化の発信地としての人気を呼んだ。
「ジョードシステム・メモリアル・パーク」は、付属の記念館とともに、海外からの観光客にとって目玉になった。


⑬   福島原発の跡地にできた、「ツナミ・メモリアル・パーク」は、広島、長崎の平和公園とともに、人々の記憶から消えつつある原爆や原発を思い起こし、不幸な歴史を通じて、科学技術の発展と人類全体の幸福に関連する問題を継続的に提起しており、世界中の子どもたちが地球市民教育の一環として訪れるようになった。


⑭   日本のGDPは、インド、ブラジルにも抜かれ、世界で5位まで低下した。

しかしながら、日本が率先して進めた社会改革が世界に浸透し、GDPで国を評価することはなくなった。

その代わりに、かつてブータンで提唱されたGNH(Gross National Happiness = 国民総幸福量)が重視されるようになった。
日本は長年にわたりGNHでは世界のトップを走り続けていることを誇りに思う。


⑮   本日の記念式典にあたり、過去100年の復興と躍進の記憶を新たにし、先輩たちの偉業を引き継ぎ、さらに次の100年に向かって、私たちが力強い歩みを続け、子孫たちに、今よりももっと美しい地球を残すことを、ここに誓う。
               


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尚、東北大震災について、これ迄に記しました私の思いは次の通りです。


    3月21日 “東北関東大震災を機縁に「新文明」の模索を!”

    4月17日 “「脱原発」を決断し、「電力多消費文明」との
           訣別を!
               ——東日本大震災に思う(その2)“

    4月26日 “東日本大震災に思う(その3)
               ——原発事故に関連しての二つの声明文
                 ご紹介“

    6月11日 “東日本大震災に思う(その4)
               ——「科学技術」と「歴史の進歩」について"

    7月 9日 “東北から「日本仏教=日本の心」を国中へ再び!
           そして世界へも!
               ——東日本大震災に思う(その5)“

                           (完)

2011年07月24日

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