Vol.111 東北から「日本仏教=日本の心」を国中へ再び! そして世界へも!       ーー東日本大震災に思う(その5)

[その他仏教関連]

約2,500年前、インド東北部に生まれたお釈迦様の教え(仏教)は、南へ北へ東へと伝播し、行く先々の文化・宗教と緩やかに混淆しながら、それぞれの地に深く根付いて行きました。

伝播の東端であるわが国には、お釈迦様入滅の約1,000年後に漸く到来しましたが、その地で1万年以上も続いていた「自然崇拝=八百万の神々信仰」と見事に習合し、今から約1,000年前には、他の仏教とはひと味もふた味も異なる「日本仏教」が完成したと私は位置づけています。

 

       (「日本仏教」に関し更に詳しくは、

         Vol.25 “神も仏も、山も川も、、、、、
              今こそ「日本仏教」の再評価を!“ 

         をご参照頂きたいと思います)

さて私は、長いわが国の歴史を「宗教との関わり方」の観点から次の4期に分けて捉えていますが、「日本仏教」はその第2期に出来上がったということになります。


 ——第1期は、遠く縄文時代から6世紀の仏教伝来まで1万年以上
   続いた時代です。

   この間、今から約二千数百年前には稲作文明を携えた弥生人が
   渡来し、土着の縄文人との混血化により所謂「和人」(現在の日本人)
   が誕生したと考えられていますが、「自然崇拝=八百万の神々信仰」を
   土台とする縄文文化は、「和人」にもそっくりそのまま受け継がれ
   ました。
   

 ——第2期は、6世紀の仏教伝来から明治維新までの約1,300年間です。

   遠来の仏教は、前述のように「自然崇拝=八百万の神々信仰」と見事に
   習合して「日本仏教」を生み出し、「命」と「和」を尊ぶ「日本の心」は、
   この期間に完成を見ました。


 ——第3期は、明治維新から先の敗戦までの77年間です。

   明治新政府は、1868年「神仏分離令」を公布し、先ず「神」と
   「仏」を分け、次いで神道をそれまでのものとは全く異なる
   「国家神道」に変えました。

   「国家神道」の神様は「天皇」という現人神であり、これにより
   神道は一神教に変質したと言えます。

   一方仏教の方は、神仏分離令をきっかけに「廃仏毀釈運動」が起き、
   急速に力を失って行きました。


 ——第4期は、敗戦から今日までの66年間です。

   「国家神道」は占領軍により解体させられ、一方仏教は更に形骸化し、
   「葬式仏教」化が進行しました。

   人々は神も仏も忘れ、ひたすら戦後復興に邁進し、物質的豊かさを
   追い求めました。

   そしてそのお蔭で、短時日のうちに世界第2の経済大国に上りつめ
   ましたが、都市部を中心に「日本仏教」も「日本の心」も消え失せ、
   「無縁社会」化が急速に進みつつあります。


          (上記4区分に関するより詳しい説明は、

           Vol.29 “『宗教心溢れる時代』に向けて” を

           ご参照賜ればと思います)

さて、第4期66年目に起きた東日本大震災ですが、発生後もうすぐ5ヶ月目に入る今、私は、第2期の間に形作られた「日本仏教=日本の心」が、これを機縁に東北の地から再び日本全体へ、そして更には世界にも広まって行く期待を強めています。


     (尚、大震災に関し記しました私のこれ迄の思いは次の通りです)

      3月21日 “東北関東大震災を機縁に、「新文明」の
             模索を!“

      4月17日 “「脱原発」を決断し、「電力多消費文明」との
             訣別を!
               ———東日本大震災に思う(その2)“

      4月26日 “東日本大震災に思う(その3)
               ———原発事故に関連しての二つの声明文
                 ご紹介“

      6月11日 “東日本大震災に思う(その4)
               ——「科学技術」と「歴史の進歩」について“


東北地方は、辺境の地であるが故に、幸いにもわが国の基層文化たる縄文文化が現在に至るまで色濃く残っており、前述しました日本歴史の第3期・第4期の動向・風潮にもさほど大きな影響を受けず今日迄来ています。

そこには神社やお寺が数多くあり、それらがコミュニティーの中核としての機能を昔ながらに果たしています。

東北地方には、「日本仏教=日本の心」がほぼ無傷のまま残っていると言っても過言ではないと考えています。


被災地の方々の穏やかで整然とした言動は、世界中の人々に驚嘆と感動を与えているところですが、私はその背景にはそうした事情があると捉えています。

また、被害の少なかった神社やお寺の多くは、避難所として開放されましたし、全国の宗教者、宗教組織が、宗教・宗派を超え現地の関係先と連携を取りながら様々な支援・被災地活動を行っています。

震災49日目の去る4月28日には、全日本仏教会の呼びかけにより全国津々浦々のお寺でいっせいに49日法要及び地震発生時刻の鐘撞が行われ、更に6月12日には、鎌倉の鶴岡八幡宮と奈良の東大寺との合同慰霊祭事・法要が行われました。


それらいずれも、阪神淡路大震災の時には見られなかったことですが、今回の大震災が「神」も「仏」も昔ながらに残る東北の地で起きたが故に、私たちが「命」、「自然」、「絆」といったことを考え直す一つのきっかけとなっているように感じています。

折しも平泉が世界文化遺産に登録されました。

国内外の人々が東北の文化・東北人の心に触れる機会も一段と多くなるものと思われます。

そしてそのことを通し、「日本仏教=日本の心」が、東北から改めて日本国中へ、そして世界にも広がって行くことを大いに期待するものです。


ところで、政府の復興構想会議には、福島県三春町の住職で芥川賞作家の玄侑宗久さん始め、東北ゆかりの方々が多数委員に入っておられますし、また私の心の師であり、東北人の血を半分受け継いでおられる梅原猛先生も特別顧問として参加されています。


そのこともあって、これまでの議論及び去る6月25日に答申された“「復興への提言」 〜悲惨のなかの希望〜” には、東北人の思いが詰まっていると感じていますが、

なかでも私は、第4回会議(5月10日)に於ける玄侑さんの提言、

   “「自然への畏敬」を保って共同体を再生するために”

に最大の感銘を受けました。

そこでは、「文明災」という梅原先生の認識を起点として、東北人の熱い思いが余すところ無く語られています。ご一読をお勧め致します。


   「原発ルネサンス」から「日本仏教ルネサンス」へ! 
   「日本の心」を東北から国中へ再び、そして世界へも! と

    強く願うものです。

                        (完)
                        
           

2011年07月09日

≪ Vol.110 東日本大震災に思う(その4)                  ーーー「科学技術」と「歴史の進歩」について | TOP PAGE | Vol.112 天外伺朗さんの描く「100年後の東北・日本」ご紹介             ーー東北大震災に思う(その6) ≫