Vol.109 ビンラディン殺害に思う 

[中東関連]

9.11以降10年に及ぶ大報復戦争の末、アメリカは去る5月1日、パキスタンの主権を侵し丸腰のオサマ・ビンラディンを殺害しました。

オバマ大統領は直ちに、”Justice has been done”(「正義は実行された」)と誇らしげに国民に語り、それを受けニューヨークのグラウンドゼロには、深夜にも拘らず何千人ものアメリカ人が集まり歓喜の雄叫びを上げました。


その気持ちは全く分からないという訳ではありませんが、私は何とも言えぬ違和感と深い絶望感を覚えながらテレビ中継を見ていました。


      (オバマ大統領の演説全文はこちらです)

かつてマレーシアのマハティール(元)首相は、イラク戦争を念頭に、

    “人を殺して広める民主主義を、民主主義とは言わない”

と述べましたが(「フォーサイト」2003年6月号)、同様に私は、

    “人を殺して語る正義を、正義とは言わない”

と言いたいと思います。


もちろんそれは、「アメリカの正義」のみならず、「イスラムの正義」もまたしかりです。


ともに神の名を唱えながら殺戮を繰り返して来ているキリスト教とイスラム教の人々、
元はと言えばユダヤの人々の「氏神」に過ぎなかったヤーウエを、自分たちの神と崇めて来ているキリスト教とイスラム教の人々、

彼らはいずれも「正義」は自分の方にあると固く信じて戦っています。

もういいかげんに、「正義の殺害」の連鎖は止めて欲しいものですが、恐らくはまだまだ相当の流血が避けられないものと改めて感じています。   合掌

      (尚、「正義の殺害」という点では、「死刑」も
        また同じと言えます。

       「死刑」は先進国の中では、わが国とアメリカの
       34州でのみ合法化されていますが、やはり、
       もういいかげんに、わが国もアメリカ34州も、
       「正義の殺害」を止めるべきでありましょう。

        カテゴリー”死刑制度関連” も併せご参照頂ければと
        思います)

                         (完)

2011年05月08日

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