Vol.98 「この世」と「あの世」(その4) ーー愛犬とのしばしの別れ、私事ですが、、、
3ヶ月前のこの場にも、私事を記させて頂きました。
Vol.94 “『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』にからんで——三井物産マニラ支店のことなど、私事ですが、、、“ です。
今回はより身近な出来事です。
実は先月、わが家の愛犬VERDY(黒のミニチュアダックスフント、雌、愛称ベルちゃん・ペリちゃん)が昇天しました。 享年16才。
ペットロスト症候群のことはよく耳にしていましたが、やはり百聞は体験に如かずです。
「あそこへも連れて行ってあげれば良かった」、「もっともっとやさしくしてあげれば良かった」、「あの時叱らなければ良かった」などなど、反省しきりです。
本当に心の優しい、素晴らしいわが家のパートナーでした。
ただただ『ありがとう! 本当にありがとう!!』と唱える日々です。
「生と死」、「存在」などをひたすら思索された哲学エッセイスト池田晶子さんは、愛犬DANDY—I(雄のコリー)の他界後、そのことに関し次のように記しておられます。
今、私も全く同じ思いです。
『なるほど私の愛犬は死んだけれども いなくなったわけではない。
ごくあたり前に私はそう感じるようになっている。
生と死とはゼロと1が違うように違うのでは実はない。
星雲や銀河が生成消滅を繰り返すのがこの宇宙のありようで
あるように、現象には断絶はなく移行があるだけなのである。
どうしてそういうことになっているのか、
むろん私が知るはずがない。
しかし、老いて疲れた犬の衣を脱ぎ捨てた彼とは、すなわち、
魂であろう。
どうしてか存在する宇宙で、どうしてか出会えたように、
いつかまた出会えると思えるということは
素晴らしいことではないか』
(2003年6月29日付け
日本経済新聞文化欄
“こんなふうに考えている” より)
(尚、彼女のことに関しましては、昨年2月に記しました
“池田晶子さんの三回忌に思う” をご参照頂きたいと思います)
「死」とは、彼女の言うごとく、存在の「断絶」では無く、存在の「移行」と捉える方が正しいと思っています。
「移行」はもちろん、「この世」から「あの世」への移行であり、「移行」する主体、すなわち存在の主体は「魂」ということになります。
そして、その様に考えますと、“「この世」と「あの世」はつながっている” ことになりますが、そのあたりに関しましては、
『「この世」と「あの世」(その3)——”「この世」と「あの世」はひとつながり“ という捉え方を再び!』をご一読賜ればと思います。
(また、「魂」についての私の想いは、
“「この世」と「あの世」—魂のこと、輪廻転生のこと” を
ご覧頂きたいと思います)
どうしてか出会って、16年間も一緒に暮らしたベルちゃん、
どうか、のんびり好きなことでもしながら、待っていて下さい。
必ずまた出会えますから。
(完)
2010年07月01日
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