Vol.97 「平成維新」第二幕にあたって、           ーーー「世論・マスコミ ファッショ」のこと、鳩山さんの使命などについて

[その他政治・社会分野]

6月2日の鳩山首相辞任後、旬日のうちに菅新首相の手堅い施政方針演説が行われ、内閣支持率V字回復の下、「平成維新」第二幕のカーテンが滑らかに上がりました。

そのことを先ずは喜びたいと思います。

それにつけても近年、高い支持率で迎えた新首相を、世論とマスコミとがスパイラル状に加担し合いながら、短時日のうちによってたかって引きずり降ろすという事態が続いています。


もちろん首相本人の資質の問題や自業自得的な要因もありましょうが、古くは細川首相、そして安倍・福田・麻生・鳩山首相と、同じ事がこれだけ繰り返されるのは、やはり異常な国、異常な国民性と断ぜざるを得ません。

そろそろ私たちは、「世論・マスコミ ファッショ」とでも呼べるこの悪しき風潮と訣別する必要があると強く感じています。

さもなくば、まともな人は『首相になろう』などと決して思わなくなってしまうからです。


     (唯一小泉首相のみは、高い支持率を5年以上も維持しましたが、
      それは、小泉さんが天性のアジテーターであり、またある種の
      大トリックスターでもあったが故に、「小泉ファッショ」とでも
      呼べる別のファシズムが吹き荒れていた為と考えています)


ともあれ「平成維新」第二幕は、出来る限り長く、願わくば衆議員任期一杯まで続いて欲しいと思っています。


     (尚、「平成維新」に寄せる私の想いは、昨年9月の政権交代時に
      記しました、“ゴルバチョフ改革「三つのスローガン」———
      政権交代によせて“ 
をご参照頂ければと思います)

さて、第一幕の主役鳩山前首相に関してですが、私は、昨年末に記しました、”忍辱(にんにく)の人」鳩山首相にエールを送る” のなかで述べましたように、鳩山さんに大きな期待を抱いていました。


普天間の問題についても、(上記エール中にも記しましたが)鳩山さんが昨年末、『やはり辺野古』という安易な決断をされなかったことも高く評価をしていました。

それだけに、今回のいわば「腰砕け」には驚愕と大きな失望を禁じ得ませんが、それでもなお私は、昨年末に『やはり辺野古』と決断されるよりは、(そうしていれば恐らく辞任は免れたかと思われますが)、良かったと考えています。


鳩山さんにとっては、特に昨年末からの5ヶ月間は大変な苦悶・苦渋の日々だった筈ですが、鳩山さんのその「忍辱」のお陰で、沖縄の現状・問題点などが広く国中に知れ渡り、今や「普天間」という名前は国民誰もが知るところとなりました。

また、嘘かまことか、『抑止力について勉強不足であった』と、敢えて自分の恥をさらけ出されることによって、国民が抑止力について、更には日米同盟の本質について、真剣に考え始める大きなきっかけとなりました。

「沖縄にはアメとムチを与えながら、日米同盟を専心墨守する」というこれまでの自民党スタイルは、もはや誰が首相になろうとも決して踏襲することが出来なくなりました。

私は、この一事だけでも、鳩山さんは「平成維新」第一幕主役の使命(ミッション)を見事に果たされたものと捉えています。


それにつけてもアメリカの「軍産複合体」の影響力が、直接に間接に、わが国の隅々にまで及んでいることに改めて驚き入っています。

「ネオコンのアメリカ人」かと見間違うような意見を堂々と述べる方、『いや、それはアメリカが絶対認めないでしょう』と臆面もなく断定する方、、、、、私たち日本人は、いつから自分の国のことを、そして沖縄のことも、アメリカを通してしか考えられなくなってしまったのでしょうか?

50年続いた安保体制の重みについて改めて深く考えさせられると共に、上述ゴルバチョフ改革のうちの「ノーボエ・ムイシュレーニェ」(新思考、New way of thinking )の必要性を一段と強く感じています。


幸い菅新首相は、小泉さんとも通底する冷徹な資質の持ち主とお見受けします。

菅新首相には、「平成維新」第二幕の主役として、鳩山さんが敢えて一身を犠牲にしてまで提起されたこの問題を、一歩でも二歩でも着実に前進させて欲しいと強く願うものです。

そしてそれこそが、この局面での菅新首相のミッションと固く信じています。

                              (完)

2010年06月14日

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