Vol.96 この世に偶然なし(その3)

[「この世」シリーズ]

“この世に偶然なし(その2)” では、

     「偶然(と思えるような出来事)をどう捉えるか?」

について、三通りの考え方を記させて頂きました。


今回は、 「偶然(と思えるような出来事)にどう向き合うか?」

について、やはり三通りの対応を記させて頂きます。


例えば、、、、、、、時に、旧友と何年か振りに「偶然」同じ電車に乗り合わせるようなことがあります。


そんな時、『いやー、久しぶり! 奇遇だねー!』などと言いながら、改めて名刺を交わし、『是非近いうちにゆっくり会おう!!』と約束して別れたりしますが、以下はその時の三通りの対応です。

   (1) そうは言ったもののお互い多忙もあり、言いっ放しで
      それっきりにしてしまうのが、恐らく大方の対応と
      思われます。

   (2) それに対し、「これも何かのご縁」と真摯に受け止め、
      有言実行、早速その機会を設営するという対応があります。

   (3) 一方、折角何年か振りに「偶然」同じ電車に乗り合わせて
      いるのに、周りを見渡す余裕が無く、その奇遇に
      気づかなかったり、あるいは気づいても、面倒と思って
      気づかないふりをするという対応もあります。

ところで、販売開発研究所の名倉社長は、「縁(えにし)」との向き合い方に関し、人を三つのタイプに分け、次のように記しておられます。

        “ 小才は 縁あるを知らず 縁を活かさず
        中才は 縁あるを知って 縁を活かさず
        大才は 縁あるを知って 縁を活かす“

         (Vol.32 “この世は「ご縁」” ご参照)


私は、この「縁(えにし)」を「偶然」に置き換え、上述三通りの対応になぞらえて、次のように言いたいと思います。

        “ 小才は 偶然に気づかず 偶然を活かさず
        中才は 偶然に気づくも 偶然を活かさず
        大才は 偶然に気づいて 偶然を活かす“


偶然を活かし始めますと、「偶然が偶然を呼ぶ」感じで、どんどんと大きな「偶然」が現れてくるようになります。


何とも不思議ですが、それもやはり「魂」のなせる業のような気がしています。

                          (完)

2010年06月02日

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