Vol.91 「魂」には、善も悪も、真も偽も埋め込まれている!                ーーー年の始めに思うこと

[その他スピリチュアル分野]

私は過去3年のこの場に、以下のような年頭の思いを記させて頂きましたが、今年は『魂底(こんてい)意識』について、思うところを記させて頂こうと思います。


      ( 2007年 “「小鳥の誓願」(年頭にあたって)”

        2008年 “「こころの時代なのか」
              ーー年頭にあたって、河合隼雄先生の
               14年前のメッセージをあらためて“

        2009年 “年の初めに、日本仏教界の覚醒を
               願う” 

私は、“「この世」と「あの世」 ——魂のこと、輪廻転生のこと” に記しましたように、「魂」の存在を信じています。

そして「魂」は、何度も何度も転生を繰り返すーーー時には異性に、時には他の動物にも、また稀には植物にもーーーと考えています。


       (尚、そういう考え方の対極にあるのが、『死ねば全て
        終り』、『あの世も無ければ天国も地獄も無い』、
       『科学的に証明されないものは存在しない』という、
        唯物論的な考え方ですが、そうした考え方が勢いを
        得てきたのは、たかだかここ三〜四百年のことと
        言えます)

さて、『「魂」は「この世」と「あの世」を何度も何度も行ったり来たりしている』と考えますと、私たちの「魂」は、ありとあらゆるものをーーー生も死も、善も悪も、真も偽も、美も醜もーーー見たり聞いたり体験したりしているに違いありません。

しかも、「あの世」には、「この世」と違って『時間』も『空間』もありませんので、「魂」は宇宙の始源からその消滅までの全てを、また宇宙の涯までのあらゆるものを見知っていることになります。
仏教で言う『六道』(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)も、もちろん目の当たりにしていることでしょう。


つまり、「魂」には森羅万象が埋め込まれており、全てを知っていると私は考えています。

ところで、ギリシャのプラトン(BC427〜347)は、

     “霊はみんな前世のことは記憶しているけれども、
      生まれるとき忘れる“

と言ったそうですが、どうやら私たちの「魂」は、「この世」に生を受ける時には、埋め込まれている森羅万象をひとまず全て忘れてしまうような、何とも絶妙な仕組みになっているようです。

しかし、たとえ「忘れた」としても、いったん埋め込まれたものは決して消え去るものではなく、「魂」の奥底に厳然と存在している筈であり、私はそれを『魂底(こんてい)意識』と名付けています。


そして、『魂底意識』は時に頭をもたげ、私たちの思考・言動を支配し、今世(こんぜ)の運命を決定づけてしまうと考えています。


       (尚、仏教の『アラヤ識』や、ユング(1875〜
        1961)の言う『集合的無意識』とは、
        この『魂底意識』に近いものではないかと私は
        勝手に考えています)


ここで重要なことは、無限大の『魂底意識』のうち、不都合な部分、即ち “悪・偽・醜” の因子には眠り続けてもらい、望ましい部分、“善・真・美” の因子にのみ頭をもたげてもらうことと言えます。

では、その為にはいったいどうすれば良いのか?


私は、お釈迦様が説かれた、「八正道」の地道な積み重ねに尽きると確信しています。


       (「八正道」とは、『正見・正思・正語・正業・正命・
        正精進・正念・正定』という八つの実践徳目のこと
        ですが、この点“この世の「四諦」“ も
        ご参照頂ければと思います)

年の始めにあたり、自分の『魂底』の穢れた部分を出来る限り封印出来るよう、「八正道」を心懸けこの年を過ごそうと改めて誓った次第です。

                             (完)

2010年01月09日

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