Vol.71 年の初めに、日本仏教界の覚醒を願う!

[その他仏教関連]

一昨年と昨年、私はこの場に、以下のような年頭の思いを記させて頂きました。

   2007年 Vol.36 「小鳥の誓願」(年頭にあたって)

   2008年 Vol.53 『こころの時代なのか』 
           ——年頭にあたって河合隼雄先生の14年前の
             メッセージをあらためて


過去2年と異なり、今年は、わが国のみならず世界中が未曾有の激震のただなかで正月を迎えました。

Vol.66 “「欲望」——このやっかいなるものと、「新しいパラダイム」” に記しましたように、私は、過去数百年続いてきた「西洋近代文明」は今や滅亡寸前であり、「近代」は終章に入っていると捉えていますが、恐らく今年は、そのことがより明確になって来るものと思っています。


「近代」とは、一神教の人々が宗教の束縛から解き放たれて「自由」を手に入れ、それを世界中に広めていった時代と定義づけることが出来ます。
ドイツの哲学者ニーチェ(1844〜1900)をして、『神は死んだ』と言わしめた時代です。

しかし、地球環境問題はじめ、『神を殺して』自由を獲得した代償は、今や世界中で顕在化しており、私は、昨年のサブプライムバブルの崩壊も、そういう文脈で捉えています。


新しい文明・新しい時代の到来が待たれるところですが、一神教文明の次を担うべきは、「仏教」なかんずく、「八百万の神々」と混淆した【日本仏教】であると思っています。

(【日本仏教】に関しての私なりの理解は、Vol.25 “神も仏も、山も川も・・・今こそ【日本仏教】の再評価を” をご参照頂きたいと思います)


さて、「宗教との係わり」という観点で、私は長い日本の歴史を大きく次の4期に区分しています。

     第1期  遠く狩猟採集の縄文時代から、稲作文明の受容を経て、
        6世紀に仏教が伝来するまでの、八百万の神々の時代

     第2期  仏教が伝来し、神々と習合・混淆して【日本仏教】が
         出来上がった時代

     第3期  明治維新により「国家神道」という一神教が創られ、
         前記ニーチェ流に言えば『【日本仏教】は死んだ』時代

     第4期  敗戦により、「国家神道」は解体されたものの、
         【日本仏教】は未だ眠ったままの、今日に至る時代

  (この区分に関するやや詳しい説明は、Vol.29 “『宗教心溢れる時代』に
   向けて“ 
をご覧頂ければと思います)


上記第3期の時代、わが国は、「国家神道」と「軍国主義」とが一体になって、
短期間のうちにアジア各地に大きく版図を拡げて行きました。
『靖国で会おう!』を合い言葉に、あまた有為な青年が特攻隊員として散っていった時代でもありました。

そんな時代にあっては、『殺すな、戦うな』という仏教の教えは、時の国家によって無用・有害とされたことは当然と言えば当然でした。

一方、戦後のわが国は、脇目もふらず物質的な豊かさ、経済の成長・拡大を追い求め続けました。

そういう時代にもやはり、『知足少欲(足るを知って欲望は少なめに)』という仏教の教えは、時代にそぐわなかったと言えます。

詰まるところ、ここ百数十年、【日本仏教】が閉息を強いられてきたのは、いわば時代の要請、歴史の必然であったとも言えましょう。


しかし今や、『神を殺した』西洋近代文明は死なんとしており、『【日本仏教】を殺した』わが国では、人々の心が信じられないほど荒廃しています。


今こそ私たちは、平和の多神教である【日本仏教】を再評価し、自信を持って世界に広めて行くべきと考えていますが、問題は、先頭に立ってその使命を担うべき日本仏教界が、百数十年の受難の時代の間に、お釈迦様の本心を忘れてしまい、殆ど「葬式仏教」に成り下がってしまったことだと思っています。


昨年来の「派遣切り」によって住居を追い立てられた人々に対し、各地のお寺が援助の手を差し延べたという話しはあまり聞いたことがありませんが、そのことからも解る通り、今の日本仏教界は、(一握りの例外的な方々を除き)各教団も僧侶個人も、もろもろの社会問題に対し正面から向き合おうとせず、発信もせず、行動も起こさなくなってしまいました。

一方、私たちの方も、「お寺が自分たちを助けてくれるかも知れない」とは思いもよらなくなっています。

何とも寂しき限りです。


2009年の年頭にあたり、日本仏教界が一日も早く長い眠りから目覚め、「時代の要請」を鋭く感知して速やかに行動を起こされることを切に願うと共に、僭越ながら私も、「四摂事」(下記注ご参照)を心懸け、この年を過ごして行くことを誓うものです。

  (注)「四摂事(ししょうじ)」(又は「四摂法(ししょうぼう)」)
     とは、人々を救い導くために仏教者に課せられた次の四つの
     実践徳目のこと。

     (1) 布施(ふせ)  ——相手が必要としているものを、
                   見返りを求めず与える。
     (2) 愛語(あいご) ——常に慈愛の言葉で話す。
     (3) 利行(りぎょう)——相手を利することのみを考える。
     (4) 同事(どうじ) ——相手に寄り添い、行動を共にする。
             
                            (完)
     

2009年01月07日

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