Vol.69 この世は「祈り」

[「この世」シリーズ]

「祈り」に関しましては、私の中東勤務時代の忘れられない出来事を基に、
『邪念を捨て、謙虚にひたすら祈り続ければ、願いは必ず叶う』という想いを記させて頂きました(カテゴリー「中東関連」、Vol.13 “祈れば通ず” ご参照)。

人はなぜ「祈りの心」をもつかに関し、宗教学者の町田宗鳳先生は次のように記しておられます。

目から鱗が落ちる思いです。

 
 
    ”人間が人間たる尊厳は、祈りの心にある。
     動植物は、神(自然)と一体となっているので、祈りを
     必要としない。
     神と分離してしまった人間のみが、それへの回帰を願うが
     ゆえに、祈りの心をもつ。“

                (『人類は「宗教」に勝てるか
                    一神教文明の終焉』より)

「祈り」とは、『自分にとって大切なこと、大切なものに心を向けること』と言えますが、重要なことは、「心を向ける対象」を徐々に拡げて行くことであると考えています。

先ずは、自分自身と家族に心を向けることは当然としても、そこに留まることなく、対象を生きとし生けるもの全てに、そして地球全体にまで高めて行き、ひたすら「世界平和」を祈る、、、、、そういう伸びやかで大局的な姿勢が必要と思っています。

世界中が平和にならないうちは、私たち一人一人の心にも、決して本当の安らぎは生まれないからです。


Vol.66 “「欲望」——このやっかいなるものと、「新しいパラダイム」” に記しましたように、「西洋近代文明」は今や破滅の危機に瀕していますが、その危機に対しても、「祈り」は大きな力を発揮すると思っています。

仏教詩人の坂村真民(1909〜2006)も、『念ずれば花開く』と言っています。

この世は「祈り」。 『祈りはこの世を救う』と信じています。

                             (完)

2008年12月04日

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