Vol.55 「煩悩」と近代社会

[その他仏教関連]

Vol.47 “この世の「四諦」” に記しましたように、お釈迦様は『人が苦しむのは「煩悩」のせいである、従って「煩悩」を滅却すれば、苦しみが無くなり、心の安らぎが得られて、やがて【ニルヴァーナ(悟り・解脱の境地)】に到る』と説かれています。

そして、「煩悩」は、次の三つの毒から成り立っていると喝破されました。
Vol.54“この世の「三毒」”をご参照下さい)


    ・欲望に執着する毒——【貧(とん)】
    ・怒りと怨みと嫉妬の毒——【瞋(しん)】
    ・無知の毒——【痴(ち)】

一方で私は、近代社会は、人々の「煩悩」を原動力として未曾有の発展を遂げたと捉えています。


    【貧】を、旺盛で奔放な欲望追求心
    【瞋】を、他者との熾烈な競争意識
    【痴】を、自然の摂理を畏れぬ勇猛さ

と言い換えてみますと、近代以降、この「三毒」が正に三位一体となって、科学技術を大きく発展させ、驚異的な工業化と経済成長をもたらしたことは間違いありません。

そしてその結果、近代人はそれ以前の人々が夢想だにしなかった「便利さと物質的豊かさ」を手に入れました。

しかし、『「煩悩」がある限り、人は苦しみ、心は決して穏やかにならない』というお釈迦様の洞察の通り、「煩悩の追求」を原動力として獲得した「便利さと物質的豊かさ」のまっただ中にあって、近代人は心の安らぎを失い、社会は荒廃し、更には環境破壊というとてつもなく大きな代償をも背負い込んでしまいました。

つまるところ、「煩悩の追求」をむしろ煽り、それを社会発展の原動力とするようなパラダイム(基本構造)は、根本的に間違っていると断ぜざるを得ません。

21世紀に入ってほどなく10年。


世界中の現下の混迷と諸問題は、中途半端な対症療法的アプローチではとても解決出来ぬ深さと思われ、今や革命的なパラダイム転換が不可欠と感じています。

模索すべきは、「三毒の抑制」、「煩悩の滅却」を原動力として、人も社会も進化するような、そんなパラダイムの構築であろうと考えています。

                          (完)

《追記》「近代社会」に関し、別の観点から捉えた思いを、Vol.7 ”「近代合理主義」の功と罪 ” に記させて頂いております。

こちらは、やや長文ですが、併せご参照賜れば幸甚です。  
                               以上

2008年03月05日

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