Vol.46「スピリチュアル」とは? ーーその本来の意味、WHOのことなど

[その他スピリチュアル分野]

いわゆる「スピリチュアル」が、大ブームになっています。

テレビや出版界の友人によれば、中身はともかく、タイトルに「スピリチュアル」とつければ間違いなくそこそこは行けるとのことです。
これを「一過性の流行現象」と見るか? あるいは、混迷の今の世の中、人々は何かに拠り所を求めている証左と捉えるべきなのか? 私は、どうも後者では無いかと考えています。

「スピリチュアル」を大辞泉で引いてみますと、『精神的な。また、霊的な。』とあるだけで、それ以上の説明はありません。これでは良く解りません。

そこで、昨今話題の“フリー百科事典—『ウィキペディア(Wikipedia)』 ”で「スピリチュアル」の項を見てみますと次のように書かれています。

  “material(「物質的な」あるいは「肉体的な、官能的な」)に対し、
  「霊的な、精神的な」と言う意味の形容詞で、とくにキリスト教
  における神の啓示、預言などを表す極めて神聖な意味である。

  近年テレビ番組などの影響で、霊を呼び出したり、守護霊の話を
  するような意味に使われることが多くなったが、実際にスピリチュアル
  とされる分野はとても多岐にわたる。“


そして、「スピリチュアルとされる分野」として、

  “音楽、ヨーガ、マクロオビオティック、ボディーワーク、マッサージ、
   LOHAS、サイキック、気功、波動、代替医療、、、、、、、、、、、
  (中略)、、、、、、、、、アロマテラピー、ヒーリング、
  パワースポット(聖地)、アイヌ・沖縄人文化、神道など“ 

と記されています。(以上いずれも2007年8月14日更新ページより)


更に「関連項目」として、スピリチュアルの名詞形である「スピリチュアリティー」も掲載されており、

   “スピリチュアリティー(Spirituality、霊性)とは、霊魂などの
   超自然的存在との見えないつながりを信じるまたは感じることに
   基づく、思想や実践の総称である”

との簡潔明快な定義の下、その歴史的背景や既存宗教との関係、学術的研究の現状などがかなり詳しく記されています。ご興味のある方はご一読をお勧めします(但し、私はそこに書かれていること全てに必ずしも同意するものではありませんが)


次ぎに、「スピリチュアル」と「健康」に関し、少し記させて頂きます。

国連の専門機関の一つであるWHO(世界保健機関)は、「健康」とは、

   “肉体的(physical)にも、精神的(mental)にも、また社会的(social)
   にも完全に安定した状態を指すものであり、単に病気(disease)や
   欠陥(infirmity)が無いというだけのものではない“

と定義をしています。

「健康」の定義としては、かなり包括的と思われますが、実はWHO内部では、もう何年も前から、『これでは不十分であり、physical・mental・social に加え、spiritual も追加すべき』という議論がなされてきています。

そして、ついに1998年の理事会(Executive Board)では、定義を次のように変えることを翌年の総会に提案することが、賛成22カ国、反対0、棄権8カ国で可決されました(アンダーラインを付した2語を追加)

  “Health is a dynamic state o f complete physical, mental,
   spiritual and social well-being and not merely the absence
   of disease or infirmity”


結局翌年の総会では、本件はいわば時期尚早として「事務局長預かり」となり、現在に至っておりますが、要は「スピリチュアル」とは、国際的にはそれ位重みのある言葉・概念であることを認識しておく必要があると考えています。


では、「スピリチュアル」は、WHO内部ではどのように定義をされているのか?

1990年の専門委員会報告書には次のように記されています。

  “「スピリチュアル」とは、人間として生きることに関連した経験的な
   一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉
   である。

   「スピリチュアル」は、「宗教的」と同じ意味ではない。

   「スピリチュアル」な因子は、身体的、精神的、社会的因子を
   包含した人間の「生」の実体像を構成する一因子とみることができ、
   生きている意味や目的についての関心や懸念とかかわっていること
   が多い“


また、「スピリチュアリティー」は、1998年の会議で次のように位置づけられました。

   “自然界に物質的に存在するものではなく、人間の心の中に
   湧き起こってきた概念———とりわけ気高い概念———の
   領域に属するものである“


このように、「スピリチュアル」とは、本来我々の「存在の根源」に係わる概念であり、宗教・芸術・哲学・科学などの基盤をなすものと言えます。

従って、それを『精神的な』とか『霊的な』と訳すのはやや不十分で、そのまま「スピリチュアル」としておく方が良いように思いますが、敢えて訳せば、『根源的な』、 あるいは『時空を超えた』が近いような気がしています。

そして私は、その『根源的なもの』『時空を超えたもの』を傍らに置き去り、忘れてしまったのが、「近代」という時代であると捉えています。


Vol.7“「近代合理主義」の功と罪”に記しましたように、科学技術は人々に驚異的な「物質的豊かさ」をもたらしました。しかし人々の「心」は豊かになるどころか、ますます貧しく、しかも卑しくなりつつあります。人も社会も間違いなく「病んでいる」と言えます。

人間が、そして社会が、更には地球が、真の「健康」を取り戻すためには、今こそ本物の「スピリチュアル」が求められていると考えています。


フランスの作家であり長く文化相もつとめたアンドレ・マルロー(1901〜1976)は、かって、

    “21世紀は、「精神の時代」となるであろう。
    さもなくば、それは存在しない“

と予言しましたが、その原文は 

     “Le 21eme siecle sera spirituel ou ne sera pas” 

であり、正しくは、『21世紀は、「スピリチュアルな時代」となるであろう。
さもなくば、それは存在しない』です。

私は、この言葉を、“「近代合理主義」を乗り越えぬ限り21世紀は存在しない” という意味に解釈をしていますが、「乗り越える」一つの方策として、『魂は存在する、魂は輪廻転生する』という考え方を受け入れることを提唱したいと思います 。
(Vol.21 “「この世」と「あの世」—魂のこと、輪廻転生のこと" ご参照)


冒頭に記しましたように、我が国における昨今の「スピリチュアルブーム」は、時代を反映した一つの社会現象と捉えていますが、願わくばそのブームが、方向を誤ることなく、巾と深みを広めながら正しく根付いて行って欲しいと祈るものです。  (完)

2007年10月05日

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