Vol.36「小鳥の誓願」 (年頭にあたって)

[その他仏教関連]

以下は、何度聞いても感動するお釈迦様の「小鳥の誓願」というたとえ話しです。

2007年の初めにあたり、小鳥のこの気高い志とひたむきな行為に思いを馳せながら、「命」と「平和」の大切さを訴え続けて行こうと改めて誓った次第です。

  
    
    ある時ある所で、大きな山火事が発生しました。熊や虎、象や
    猿などが必死に消火に努めましたが、いかんともしがたく、
    獣たちは遂にあきらめ岩かげに身をひそめ傍観していました。

    その頃、火傷をした一羽の小さな鳥が遠くの沼からわずかな水を
    自分の羽に乗せて運び、炎に注ぐことを何度も何度も繰り返して
    いました。

    獣たちはそれを見て、『小鳥さんよ、無理だ。俺たちが必死に
    頑張っても火は消えなかった。
    そんなことではとても火は消えない。
    お前がやっていることは無駄なことだ、止めた方がいい』となかば
    嘲笑的に話しかけました。
  
    すると、小鳥は答えました。『こんなことで火が消えないことは
    私にだって解っています。しかし私は、これまで私を育んでくれた
    この美しい山が苦しんでいるのを黙って見ていられないのです。
    消せる消せないは別として、自分の出来ることを何かせずには
    いられないのです。』と。


お釈迦様は、『愚かで無駄と思われる小鳥のこの行為こそ、ほとけの誓願である』と諭されています。
たとえ無駄だとわかっていても、どうせ駄目だと割り切らず、良いと信じたことをなし続けなさいという教えです。


お釈迦様のたとえ話しはそこで終わっていますが、私はこの話しを更に続け、次のように結びたいと思っています。

    小鳥のこの言葉を聞いて、何十、何百という別の鳥たちも同じ
    ことを始めました。そしてついには、獣たちも再び立ち上がり
    ました。

    『あんな小さな鳥たちが、無駄だと解った上で命を
    かけて頑張っている。
    俺たちは、いかにも打算的だった。
    結果はともかく、みんなでもう一度やってみようじゃないか』
    と。

    ほどなく火は消えました。
    山には再び平穏が戻ってきました。

                       (完)


  

 

2007年01月06日

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