企業社会が求める「こころ」の時代 ~禅へのいざない その(三)

[土居 征夫]

ホリエモン事件の評価は未だ定まってはいない。

ただ、この事件に対する反動から、社会が起業家のチャレンジ精神を否定する方向に向かってはならないと思う。


最近の企業不祥事に対して、規制やルールを厳しくして企業活動をがんじがらめにしようとする動きも見られるが、必ずしも賛成できない。
企業も個人と同じく、自主独立の環境の下自由にチャレンジする機会が保障されるべきであり、規制の強化だけでは企業社会の活力を枯渇させてしまう。


一方で、ホリエモンの経営に何か欠けていたものがあったのも事実であろう。


京セラの創業者で名誉会長の稲盛和夫さんが、最近日経ビジネス誌に『西郷南洲遺訓とわが経営』と題した連載記事を書かれたが、その中に次のような興味深い部分がある。(平成18年10月24日号)

稲盛さんが早稲田大学の大学院で経営哲学の授業をしたところ、その前後にホリエモンも話をしたようで、学生の間で「ホリエモンと稲盛和夫のどちらが正しいのか」という論争になったという。
経営者としての生き方は正反対で、一方はカネに向かって突き進む、一方はカネではなく人間性が大事だという。ところが、両方とも成功した。

一体どちらが正しいのかと。


稲盛さんは、『松下幸之助さんが戦前に作った松下電器産業や本田宗一郎さんが戦後に起こしたホンダのように、今日まで長く成功が続いている企業があります。

その一方で、徒手空拳で事業を立ち上げ、大成功を収めたのに、晩年は寂しく表舞台から消えていった経営者も少なくない。・・成し遂げた功績が偉大であればあるほど、転落した時の落差も大きいのです』と述べている。


企業経営を巡っては、株主重視一点張りのグローバル経営への傾斜も進んできたが、最近では「人」を大事にする日本型経営への回帰も始まっている。

成果主義の見直しが進み、企業内での人材育成の重要性が再認識されつつある。CSR(企業の社会的責任)についても手続きやルールよりも企業人の「こころ」が重要という認識が広がりつつある。
カネを第一義とする短期的経営から、人の育成を重視する長期的経営に向かって、企業社会の空気は流れはじめている。


伊藤忠商事会長の丹羽宇一朗さんは、最近の講演(平成18年1月10日学士会夕食会)で次のように述べている。

『経営というのは理論だけではなくて、やはり体験とか勘によるものが大きい。・・・若い人も必要ですが、会社に入って、おそらく十年か十五年くらいは基礎教育をきちっとしなきゃいけません。
下積みの生活をきちっとしなければ、やっぱり本物には育たないと思っております。
会社に入って十年、あるいは四~五年で、すぐベンチャーキャピタルだとか言って起業する方もおられますが、・・・八割は失敗です。

何が足りないか。ロマン、我慢、そろばんとありますが、いちばん足りないのは我慢です。・・・技術は継承して伝えられていきます。・・・心だけはそうはいかない。

ここに二十一世紀の、大きな問題が潜んでいると考えます。・・・最近の耐震強度偽装事件の中で姉歯元建築士が、奥様の病気で入院されて、そういう時に自分の弱い心が出て、こういう事件になったんだとコメントしていました。


私はこれを聞いて、中国の三国志の時代の劉備の臨終前の言葉を思い出しました。


    勿以悪小而為之  悪小なるを以ってこれを為す勿れ
    勿以善小而不為  善小なるを以ってこれを為さざる勿れ 』 

      
連日マスコミでは企業不祥事が報道されている。バブル不況以来の厳しいリストラの中で、多くの企業人の心もすさんできた。
中高年の自殺者も多く、企業内ではメンタルヘルスが大きな問題となってきている。
これからの企業社会を支えるのは、ストレスを乗り越え明るくチャレンジ精神に富んだ企業人の「こころ」である。


企業社会が求める「こころ」の時代、禅が果たす役割は大きいと予感する。


稲盛さんは、最近臨済宗妙心寺派円福寺で得度し禅僧の世界に入られており、また記事にされた「西郷南洲遺訓」の主人公西郷隆盛も若くして禅を学んだと言われる。


現役の経営者で禅のこころを大事にしている人も多い。


森永製菓の松崎昭雄相談役は、グリコ森永事件の危機は坐禅で乗り切ったと言っておられた。


元朝日ジャーナル編集長で(財)東京顕微鏡院理事長(経済同友会副代表幹事)の下村満子さん、尊父は原田祖岳、安谷白雲の法を継いだ山田耕雲師の由で、ご本人も坐禅を続けておられる。


雑誌「人材教育」の若き編集長根本英明氏も、時々坐禅をされているという。


首都大学東京の高橋宏理事長、海運など物流産業の第一線にあって大活躍され、現在も大学経営の改革に邁進されているが、そのバックボーンには学生時代からの禅と普化尺八があると自ら語っておられる。


これからの日本経済で活躍をめざす若き企業人を支える精神的支柱として、禅を見直す動きはさらに加速されることになろう。


ヘッドハンティングを事業とする縄文アソシエイツ(株)の古田英明社長は、最近禅に関心を持って一緒に勉強会を持っているが、ベストセラーとなったその著書『「もうこの会社やめたい」と思ったとき読む本』(大和書房刊)のキーワードは「三十歳未満、転職厳禁!」である。


「自分探し」という言葉におぼれ安易な転職を繰り返す若者への、先輩からの激励の一喝であろう。 (完)

       土居征夫((財)企業活力研究所理事長、元  NEC執行役員常務)


一般人のための坐禅の会【釈迦牟尼会】ホームページ
http://www.zenmi.net
(財)企業活力研究所ホームページ
http://www.bpf-f.or.jp

2006年09月01日

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