Vol.29『宗教心溢れる時代』に向けて

[その他スピリチュアル分野]

宗教との係わり方の観点から、私は日本の歴史を四期に分けて捉えています。

第一期は、遠く縄文時代から六世紀の仏教伝来までです。

この長い時代、人々は大自然の中に神を感じ、その多彩な恵みに感謝しつつ、先祖を崇めながら慎ましやかに生きていました。
狩猟採集の縄文時代の後、「稲作」文明に入ったことも、人々が引き続き「自然との共生」を旨とする生き方を継続した要因と考えています。

第一期は『八百万の神の時代』です。


第二期は、仏教伝来から明治維新までの約1,300年間です。


前の時代を通じ土着的で純朴な宗教的感性が培われていたところに、理路整然とした教義と経典を持つ仏教が伝来し、人々は貪欲に外来の教えを取り入れました。
その結果、「八百万の神」と「仏」とは見事に習合し「命」と「和」を尊ぶ「日本の心」が形作られ、いわゆる「日本仏教」が完成したと考えています。

第二期は『日本の心・日本仏教完成の時代』です。


次の第三期は、明治維新から先の敗戦に至る約80年間です。


私は、代表者コラム【その他仏教関連】カテゴリーの“Vol.25 神も仏も山も川も、、、今こそ『日本仏教』の再評価を”に記しましたように、この期間を『国家神道という一神教の時代』と名付けています。

大辞林によれば、一神教とは「神は唯一絶対の存在であるとし、その神のみを信仰する宗教。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教など」ですが、この時代は神道国教化政策の下、現人神たる天皇を「唯一絶対の存在とし、その神のみを信仰する」ように仕向けられた軍国主義の時代でした。「神国日本」は短期間のうちに西洋列強の仲間入りを果たしたものの敗戦により全てが灰燼に帰し、『一神教の時代』は幕を閉じました。

この時代の最大の残滓が靖国神社であることは論をまちません。


最後の第四期は、敗戦から今日までの約60年間です。


この時代、人々は字義通りの焦土から勇敢に立ち上がりました。そして再び短期間のうちに世界第二の経済大国になり、物質的には本当に豊かで便利な社会を築き上げました。

しかしその反面、端的には「親が子を殺す・子が親を殺す」ことが珍しくもないくらい精神が荒廃し、お金だけを崇める国になり果ててしまいました。

第四期は『宗教無き時代、日本の心を忘れた時代』です。


第一期、第二期に較べ、第三期、第四期は合わせてもたかだか約140年です。この期間——それは我が国近代化以降の時代ですがーー我々が手に入れたものは極めて大きかった反面、失ったものもまた本当に大きいと嘆かずにはいられません。
このまま行ったらいったい我々は、我が国は、どうなってしまうのか?暗澹たる思いにとらわれます。


我々の価値観を一刻も早く根本から変える必要があること明白です。

基本方向は、近代化以降に実現・獲得したもろもろの利点は生かしつつ、『一神教の時代』『宗教無き時代』の間に傍らに追いやってしまったもの、忘れてしまったものを復元させることであると信じています。


具体的には自然との共生思想への回帰、カネ・モノ重視の風潮から心の重視・命と和の重視への転換などですが、つまるところそれは「日本仏教」の精神、即ち本来の「日本の心」を取り戻すことにほかなりません。


毎日の新聞やテレビで、信じられない事件が次々と報じられるのを見聞きするにつけ、現下の第四期を一日も早く幕にし、替わって第五期の『豊かで便利でかつ宗教心溢れる時代』が早急に現出することを祈らずにはいられません。

そのための最有効策は、迂遠なようではあるものの、結局は教育に尽きると信じています。

命と和を尊ぶ本来の「日本の心」を自信をもって子供達に伝えてゆくこと、それが今最も必要と考えていますが、その為には教育基本法の明示的改定が効果的と考えられるならば、その早急なる実現を切望するものです。(完)

 


2006年09月11日

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