身体生理学と座禅〜禅へのいざない その(四)

[土居 征夫]

坐禅の効用の一つは、こころとからだが元気になることである。

以下に述べるのは私の独断と偏見ではあるが、長い間色々な健康法を遍歴した上で実感している坐禅の効用である。


第一は、坐禅の呼吸によって大量の酸素の体内への蓄積がすすむことである。


医学博士塩谷信男先生が百歳の年に出版された「不老力」(ゴルフダイジェスト社)という本がある。氏は現代の病気の原因の八割は酸素の欠乏によるとし、腹式呼吸による深呼吸こそが健康の秘訣だと述べる。

氏が七十四歳でヒマラヤ高地のトレッキングに参加した際、浅い呼吸で酸欠状態に近い若い人達がバタバタと高山病で倒れていく中、高齢の氏が何事も無く元気に下山できたのは、日ごろの深呼吸によって酸素が体内に蓄えられていたおかげだと実感した由である。

横隔膜を働かせる深呼吸で得られる酸素の量は、通常の呼吸の場合の五倍以上はあると言われる。

なんとなくすっきりしない。頭が重い。やる気が出ない。決断が遅い。これらは全て高山病の初期症状と同じで、酸素の欠乏が原因である。
最近話題を呼んでいる睡眠時無呼吸症候群も、多くの人が程度の差こそあれ該当しているとも言われ、結構深刻な問題のようだ。(「睡眠障害という国民病」中央公論九月号の特集)


摂心などで数日間坐禅を集中的に行うと、浩然の気も湧き心身ともに元気になったと実感できる。坐禅の呼吸によって、大量の酸素が体内に蓄積された結果ではないかと思う。


呼吸法には、色々ある。

塩谷先生が出会ったのは東大教授二木謙三博士の提唱した二木式腹式呼吸法であった。
明治四十年藤田霊斎氏によって創始された調和道丹田呼吸法も今日まで続いている。
西野晧三氏の西野流呼吸法、鈴木秀天氏の真呼吸法なども、気功やヨガの要素を取り入れており多くの人が実践している。


第二は、坐禅によって脳波のアルファー波が活性化し、副交感神経と交感神経のバランスが確保され、安定した状態の中で直感力が高まり、脳のひらめきなどの活動が盛んになることである。


坐禅中の脳波の測定実験は今日では多くの研究者によりなされているが、戦後早くこれに取り組んだ平井富雄氏は、目を開いた状態での坐禅ではベーター波がでるものと予想していたところ、きれいなアルファー波が出たので驚いたと述べている(「坐禅健康法」ごま書房刊)。

しかもこのアルファー波は坐禅が終了してもしばらく続くと言う。

昼間日常生活をしているときには活動型のベーター波が優位であり、睡眠状態にあるときはシータ波が出る。
坐禅中にはシータ波も出るが、睡眠中には起こらない精神電流現象(刺激への反応)が見られ、意識は休息しながら活動していることが立証された。
坐禅中は、からだに休息を与える副交感神経が活性化するが、外的な環境変化に即応する交感神経も機能し、両者のバランスが最適に維持されているようである。


第三は、坐禅により情動に影響する神経伝達物質であるセロトニンの分泌が高まることである。


産業医の医学博士海道昌宜氏によると、神経伝達物質にはノロアドレナリン、ドーパミン、エンドルフィン(脳内モルヒネ)、セロトニン等があるが、意識的な呼吸とくに腹式呼吸や、早歩き等の有酸素運動、太陽にあたる等の生活習慣は、セロトニンを高める由である。セロトニンの効果としては、クールな覚醒が得られ、情動や痛みのコントロールが出来、抗うつ作用があると言う。


第四は、気の流れが実感でき、からだが丈夫になることである。


外交評論家の岡崎久彦氏は、気功を始めたこの十年余の間風邪を全くひいていないという(「なぜ気功は効くのか」海竜社刊、PHP文庫)。

気功には小周天と言って、呼吸にあわせて意識で気を身体の前面から背面に回し、からだを緩める基本技がある。
からだが緩んでくると、気の流れが実感でき、丹田が熱くなってくる。
坐禅のときの呼吸もゆっくりとした腹式呼吸で、出入りの呼吸の転換するところを徐々に細かくすると、最初は直線的な上下のピストン運動の如くであった転換のポイントは、次第に丸みを帯びてきて全体として卵形の息になる。(「在家禅入門」苧坂光龍著)このように細くてゆっくりとした丸い呼吸が続くと、丹田に向かう熱い気の流れが次第に感じられるようになる。


第五は、坐禅の結跏趺坐又は半跏趺坐によって、物理的に最も安定した強い身体の姿勢を実現することである。


身心統一合気道を創設した藤平光一氏は、臍下の一点にこころを沈め統一する、全身の力を完全に抜く、身体の全ての部分の重みをその最下部に置く、そして気を出す(自分の身体から四方八方に気が放射していることをイメージする)を四原則とし、それによって心身の統一体が得られ、押されても倒れず、他人により簡単には持ち上げられない強い身体の安定が確保されると、合気道の基本を指導する。


坐禅においても、上半身の力を完全に抜いて、臍下の一点に意識を置くことによって、物理的にも不動の状態にあることが実感できる。

合気道の場合は、動きの中で常にこの状態をキープすることが要求される。
静の状態の坐禅に対し、常に動の状態にある合気道は「動禅」と呼ぶにふさわしい。


最後は、坐禅の前後に行う読経の効果のすばらしさである。


自分の身体から音声を発することは血液の循環を善くし、また頭脳の刺激になる。

最近脳の活性化トレーニングのゲームが人気を呼んでいるが、そのソフトを開発した東北大学の川島隆太教授は、数字や文字を声を出して読むことが脳の活性化に欠かせないとして、脳の活性化ゲームに音読の要素を加えている。

読経はこれに加えて、全員の声が調和してそれが耳から聞こえることの効果も大きい。
大橋力氏(芸能山城組組頭、元千葉工業大学教授)は、合唱を耳から聞くことが快感(ハイの状態)をもたらすことを、情報環境学の立場から研究・発表している。


不二の道場の暁天坐で、ひぐらしゼミの鳴き声と読経との大合唱がつくりだす場の心地よさは、何ものにも代えがたい。

     土居征夫 ((財)企業活力研究所理事長  元NEC執行役員常務)

一般人のための坐禅の会【釈迦牟尼会】ホームページ
  http://www.zenmi.net
    
(財)企業活力研究所ホホームページ
  http://www.bpf-f.or.jp

2006年09月20日

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