Vol.27 今こそ「首都機能移転」の決断を ~国の形を変える「手段」として

[その他政治・社会分野]

わが国の望ましい「国の形」は、【全国各地、それぞれの地域・風土に根ざした「多様な価値観と地場活力」に富む多極分散・分権型システム】であると考えています。

そして、「望ましいのは概ねその方向」という点については既に十分コンセンサスが出来上がっているものと感じています。

国民の【東京至上主義意識】に裏打ちされた【政・官・財 東京一極集中の中央集権型システム】によって、わが国は、明治維新以降、途中で壊滅的敗戦をはさみながらも、ここまでの経済大国になり得たことは間違いありません。
しかし、もはやそのシステムではどうにも立ち行かなくなっていることは明白であり、一日も早く「国の形」を抜本的に変える必要があります。


このところの歴代内閣は、大震災対策の観点からも、いかにして東京一極集中を緩和し地方分権を推し進めるかに腐心してきており、現下の小泉内閣もまた、『地方に出来ることは地方が』『三位一体改革』などのスローガンの下、この問題に精力的に取り組んできています。

が、しかし、地方分権はなかなか進まず、逆に地方の疲弊がどんどん進行したのがこの5年間でした。 「国の形」が変わる兆しは残念ながら全く感じられません。


なぜなのか?

私はアプローチの方法が間違っているからだと確信しています。


つまり、基本的な考え方が、「永田町・霞ヶ関」が持っている権限と財源のうち、『何を地方に移すか?』『何が地方で出来るか?』『どの位の財源を移すか?』であり、そもそもそれが間違いであると私は思っています。

加えて、地方分権を実務的に推進する立場にあるのが、内心、権限も財源も出来る限り手放したく無いと思っている人々、あるいは、今自分たちがやっている仕事は、心配でとても地方には任せられないと思っている人々という事実もあります。

これでは、地方分権はいつまでたってもかけ声倒れに終るでしょうし、仮に道州制を導入したところで、それは形だけのものにしかならず、「国の形」は本質 的には変わらないと断言出来ます。


ではどうすべきなのか?

私はアプローチの仕方を逆にする必要があると思っています。


真の地方分権の実現のためには、「永田町・霞ヶ関」をこそ『ぶっ壊し』、中央をゼロから作り直すことが最も効果的と考えます。

「永田町・霞ヶ関」をいったん全て無きものと考え、『どうしても中央でやらなければいけないことは何か?』、『それを、立法府も含め、いかに少ない人と金で行うか?』を、地方主体・住民主体でゼロから構想し直すこと、つまり、【あるべき新しい中央の形】を先ず作り上げることが最重要と思っています。


そしてそれを最も具体的・効果的に行う方法が「首都機能移転」であると信じています。

私たちの家庭でも、転勤などにより「引っ越さざるを得ない」となりますと、ふだんなかなか整理出来ないことやものが否応なしに一挙にはかどりますが、それと同じです。


「国の形」を本当に変えるためには、先ず『首都機能を○年後に新しい場所に移す』と決断した上で、『何と何を移すか?』『それは本当に移す必要があるのか?』『移すとしても規模は半減出来ぬか?』などなど、引っ越し荷物の中身(【あるべき新しい中央の形】)を国を挙げて事細かに徹底的に検証し、出来る限り小さく効率的な新首都・中央統治機構を完成させる、そして引っ越し荷物に入らなかったもの(権限・財源・組織・人間など)は、全て自動的に地方(あるいは民間)に分散、という道筋が不可欠と信じています。


「地方分権の推進」と「首都機能移転」との関係については、2003年に設置された「国会等の移転に関する政党間両院協議会」が、2004年12月の 「座長とりまとめ」のなかで大要次のように述べ、それまでの首都機能移転論議を実質的に棚上げにしてしまいました。

   【地方分権の推進や道州制等を含め国と地方との新たな
    関係の構築、、、、、、など、国会等の移転に密接に関連する
    諸問題が生じてきており、、、、、、国会等の移転はこうした
    諸問題に一定の解決の道筋が見えた後、大局的な観点
    から検討し、意思決定を行うべきものとの意見が多くを
    占めた。】


これまた発想が全く逆と言わざるを得ません。これではいつまでたって「国の形」は変わらないこと請け合いです。

   【『地方分権の推進や道州制等を含め国と地方との新たな
    関係の構築』が、いっこうに進展しない状況下、それらを
    実現する最も有効な手段として、それらと『密接に関連
    する』国会等の移転を早急に決断すべしとの意見が多くを
    占めた】

となるのが本来です。


顧みれば先人達は、平城京・平安京・鎌倉・江戸・東京と、政治の中心地やその形を思い切って変えることによって、人心の一新を図り、見事に歴史的転換を図ってきました。
時のリーダー達の見識と決断力には今更ながら頭が下がります。


少子高齢化・人口漸減という未曾有の時代に突入した今、ここは先人達を見習い、思い切って「首都機能の移転」を決断し、新時代を能動的に切り開いて行く必要がありましょう。
財源が乏しいなどというのは、次元が全く異なる話しと言えます。

幸いITはますます進化し、都心の不動産マーケットも急回復と、移転の環境は再び整いつつあります。
新首都には、靖国問題解決の切り札として、世界恒久平和を祈念する無宗教の心温まる追悼施設を建設すべきでありましょうし、またこの際、移転を2016年東京オリンピック誘致と何らか連動させることも一考に値しましょう。

加えて、天皇・皇室も、それに合わせ例えば京都にお移り頂くことも、大震災時の危機管理対策の観点からも、また国民の「東京至上主義意識」を薄める意味からも真剣に検討されるべきものと考えます。


来るべき数百年を視野に入れながら、大胆に「創造的破壊」に挑戦する真のリーダーの出現を大いに期待するものです。 

         (完)

2006年05月26日

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