『禅と日本文化』を読んでみませんか ~禅へのいざない その(二)

[土居 征夫]

若い人達の間でも最近禅に関心を持つ人が増えている。

しかし、行事としての禅は宗教の装いを持ち、他を寄せ付けない伝統の鎧に包まれている。

関心はあるが何となく近寄りがたいと考える人も多いのではないか。
若い人達が宗教への抵抗感を持つ背景には、学校で宗教教育がなされていないことや既成宗教に魅力が無いことなど色々原因があろう。


既成宗教にアレルギーをもつ若い人にも、必ずしも狭い意味での宗教ではない禅があることを知ってもらいたい。

確かに禅には近寄りがたい伝統の厳しさがあるが、しかし真理はそもそもそういうものだ。それを乗り越える勇気と努力があって初めて人は真理に到達できる。


ここに『禅と日本文化』(鈴木大拙著・岩波新書)という一冊の本がある。


昭和十五年の刊行以来、今日まで六十年以上の歳月を経てなお読み継がれている名著である。

もともと、著者が欧米人に行った講演をもとにして英文で書かれたものであり、その意味でかえって現代の若者にも受け入れられやすい内容になっている。


第一章の禅の予備知識の出だしは、「禅とは夜盗術を学ぶに似たるものだ」という説話から始まる。


年老いた夜盗の父がその息子に商売を覚えさせるために、ある時息子を夜盗に連れて行き、騙して長持ちの中に閉じ込めて、自らは泥棒だと大声で叫んで逃げ出した。
これは息子が自力で、危機一髪窮地を脱して逃げ帰る中で、どのように臨機の決断と応変の行動を学ぶか、実地の教育手法であった。禅を学ぶとは、それと同じことだという。

正しく生きる術は、論理ではなく、実地に身をおいて自ら体験する以外にないとして、禅のモットーは言葉に頼らない「不立文字」であるとする。

そして、人間の知識を三種類に分け、第一は他から学ぶ学習的知識、第二は自らの観察と実験を加えた科学的知識、第三は深く存在の基礎に浸透する直覚的知 識であるとし、禅はこの第三の直覚的知識、即ち智慧(般若)を呼び覚ますものであるとする。


第二章の禅と美術では、日本文化の根底にある「わび(侘)」と「さび(寂)」について解説する。


「わび」は飾り気の無い単純性を味わう日本人の心的習慣を通じてその生活文化に深く入り込んでいる。

禅は生活の表面に存する複雑さを好まないとし、次のように説明する。

「生命そのものははなはだ単純なものであるが、これを知力で量れば、分析的な眼には比類なき錯綜物としてうつる。・・・しかし、ひとたび、その流れに身を任せれば、生命というものが、その外見は複雑性と錯綜性を持つにもかかわらず、これを理解することができるようにみえる。おそらく東洋人の最も特異な気質は、生命を外からではなく、内から把握することであろう」

雪舟など禅宗画家の絵や水墨画などに見られる、非均衡性、非相称性、孤絶性、単純性等の日本文化の特質は、「一即他、他即一」の禅の真理を中心から認識することに発するという。


第三章の禅と武士では、元寇の際蒙古軍を打ち払う決断をした北条時宗の意志力の背景に、仏光国師から学んだ禅の力があったことに触れている。


禅が武田信玄、上杉謙信、伊達政宗など武将や武士の精神的よりどころになったのはなぜか?

それは禅が「生と死の問題」を正面から扱い、死に直面することを迫るものだからである。昨今「武士道」が脚光を浴びているが、武士道の根源にあるのが生死の問題を超克する禅のこころなのである。


第四章の禅と剣道では、さらにこれを敷衍し常に死の問題に直面する剣道と禅の関係について説明する。


この章の冒頭に楠木正成が湊川で足利尊氏の大軍を迎え撃とうとしたとき、兵庫の禅院で行った「一剣」問答が出てくる。

「生死交謝の時如何」(生死の岐路に立った時、如何に対処すべきか)と問う正成に対して、和尚は「両頭とも裁断すれば、一剣天に倚って寒し」(二元論を断ち切れ、一剣を静かに天に向かって立たせよ)と言い放ったという。

また、江戸時代の柳生但馬守を指導した沢庵禅師の書簡「不動智神妙録」を紹介し、剣の極意と禅の根本義について説明している。「こころの置き所、こころを一箇所に止めないこと」、「無念無想」、「間髪を容れず」、「石火の機」などである。


宮本武蔵以来幕末まで各流派を率いた多く剣豪が禅を学び、禅のこころを奥義として伝え、また幕末の西郷隆盛や勝海舟、山岡鉄舟などのリーダーも若き日の坐禅によってその人格を培ったという。


禅では、智慧(般若)とともに定力(禅定力)を重視する。

坐禅をすることによって培われる静かな無言の迫力のようなものだ。
リーダーに欠かせない無言の人格的エネルギーである。

中国明末の書「呻吟語」では、「深沈厚重は是れ第一等の資質、磊落豪雄は是れ第二等の資質、聡明才弁は是れ第三等の資質」と人間の資質に優劣をつけている。
禅定力を得ることは、「深沈厚重」という人間としての第一等の資質を獲得することにもつながる。

第五章の禅と儒教では、中国宋代の禅と朱子学の関係から、江戸時代の日本において禅と儒教と神道がどのように相関し、相互に影響しあって日本文化の基礎を固めていったかが詳述されている。

第六章の禅と茶道では、中国から茶を持ち帰った栄西以来、禅僧が茶を伝え、一休、珠光、利休とつないで茶の湯が完成された歴史を記述し、「和、敬、清、寂」という茶道の精神と禅との関係を解説している。


第七章の禅と俳句では、「悟り」と「宇宙的無意識」について論じ、直感、直覚、孤絶、風雅等の言葉で俳句と禅の不可分の関係を説明する。


松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」は、もともと禅の修業をしていたときの禅問答に発しているという。

芭蕉がその師仏頂和尚のもとで参禅していた頃、和尚が「今日のこと作麼生(そもさん)」(近頃どうしているか)と問うたのに対し、芭蕉は「雨過ぎて青苔湿う」と答え、仏頂がさらに「青苔いまだ生ぜざるときの仏法いかん」と問うたところ、芭蕉が「蛙飛び込む水の音」と答えたという。「古池や」は、あとから十七文字の俳句にするため附加されたということのようである。


この本が示すように日本文化の根底には禅のこころがある。

多くの若者が、禅に関心を持ち、このすばらしい禅のこころを獲得することになれば、二十一世紀の日本は大きく世界に貢献する国になることであろう。

       土居征夫((財)企業活力研究所理事長、元NEC執行役員常務)


一般人のための坐禅の会【釈迦牟尼会】ホームページ
http://www.zenmi.net
(財)企業活力研究所ホームページ
http://www.bpf-f.or.jp

2006年04月26日

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