次世代を担う若者への期待 ~禅へのいざない その(一)

[土居 征夫]

『朝の十時、学校にも行かずパチンコ屋の前で開店を待つ若者の行列を見ると、本当に日本はどうなるのか心配だ』と、最近お会いしたある高齢の在日韓国人の方がつぶやいた。


戦後の経済成長を支えた団塊の世代は、明2007年から順次定年に達し、社会の第一線から退場していく。

一方日本の若者人口は減少を続け、十数年後には現在の三分の一が居なくなる計算という。

そして、将来の日本社会を担うべき若者の現状については、ニート(NEET=無業者)が八十五万人、フリーターが四百万人強と急増し、一方学校での学級崩壊、若者犯罪の多発等の社会現象に加え、若者の基礎学力の低下、生きる自信や意欲の喪失、夢や目標の喪失等々事態は深刻である。

このような事態をもたらした原因、背景は色々考えられる。


社会の成熟化により「坂の上の雲」(夢やフロンティア)が無くなり、若者は大人の世界に胸躍らせる価値を感じることが出来ず、出来上がった社会に閉塞感を感じている。若者の変化に対応が遅れている企業や学校、家庭の問題もある。

社会の暗い面ばかりに焦点をあてる日本のマスコミの影響も大きい。

なかでも学校教育の影響は大きい。

人間としての価値観や志向が定まってくるのは初等中等教育の段階であり、また自我の確立と人生観、世界観の形成にとって重要なのはその後の十代後半から二十代前半の時期である。この時期に、若者に自己の生き方をとことん探求する環境と機会を用意することが極めて重要である。

最近基礎学力の低下を憂い、詰め込み型学習の強化を主張する向きもある。

その必要性は認めるとしても、一方では他律的な受験勉強の過度な強制を排除し、主体的に自己を追及できる大らかな環境が用意されなければならない。中高一貫によるゆとりの追求はその意味では正しい方向であろう。


環境という意味では、読書、スポーツ、芸術や宗教、哲学に触れる機会も大事である。

身体を動かすスポーツはそれ自体こころの栄養素である。医学的にも身体と脳の機能は強く相関しているという。

あるニート・引きこもりの再生を支援しているNPOのリーダーに聞いた話だが、子供たちは四国のお遍路ツアーに参加すると、驚くほど元気になるという。
狭い部屋に長らく引きこもっていたために身体まで死にかけていたのが、さんさんと降り注ぐ太陽の光の下で手足を動かし汗をかくことで身体が甦り、引きずられて心まで元気になるという。

若者に自信を取り戻させるには、日本の精神文化に触れ心から納得できる智慧に出会うことも必要である。


キリスト教の牧師出身で仏教に詳しい岡野守也氏はその著「生きる自信の心理学」(PHP新書)で、現代の若者は自分が死んだらばらばらの原子に分解して終わりと考える科学主義的「ばらばら宇宙観」のニヒリズムに毒されていると述べ、自己は百五十億年前のビッグバン以来進化し続ける宇宙の部分であり、自己と宇宙の間の全ての命は相互につながっているとする禅や仏教の宇宙観は、自信を喪失している若い人に生きる自信を取り戻させると述べている。

禅は仏教のすべての宗派の共通項としての要素があり、また仏教以外の東洋思想、宗教、武道等の面でも大きな広がりを持つものである。


日本文化のすばらしさと禅は切っても切れない関係にあり、絵画や書等の美術、武士道、剣道、茶道、俳句などはすべて禅文化がその根源にあるといっても過言ではない(鈴木大拙著「禅と日本文化」岩波新書)。


最近の若者の多くは、マスコミや閉鎖的な学校社会の情報に毒され、社会に出て成功するには「専門知識」や「資格」が必要と考えている。しかし、社会が求める人間像は全く違う。

幕末から明治にかけて日本のリーダーとして活躍した勝海舟は晩年、「自分が万死の境を出入りして、ついに一生を全うできたのは全く坐禅と剣術の二つの功であった」と語っている。(氷川清話)


日本の社会は明治以来、規則で縛る官僚社会の傾向が強まり、人々の自由な発想や心の働きを抑制してきた。

日本社会が昭和に至るまで、硬直的な発想で失敗を重ねたのはこのためであろう。

世界的数学者の藤原正彦氏は、最近のベストセラー「国家の品格」(新潮新書)の中で「論理を徹底すれば問題が解決できる」という考えは誤りで、「論理の出発点にある最も重要なことは論理では説明できない」と喝破している。


ソニーの研究者茂木健一郎氏は、「人間の知性は、ルール・論理で書けるものではなく、強いて言えば直感としか言いようのないものが先にある」「臨機応変の判断というものを予めルールで縛るということは実は出来ないということが、人工知能研究を必死にやった結果の教訓なのです」と述べ、他律的なルール依存過多の傾向にある日本人に対比して、英国人の直感重視の心の自由な働きを賛美している。

まず自己の本質に目覚め、その自己への信頼を基礎に、外から与えられるルールや原理の制約を解き放ち、自らの直感と心の自由なはたらきを第一義として、主体的に生きる自信に裏打ちされた世界観・宇宙観を獲得していくこと。


次代を担う若者に、禅への関心が高まることを期待したい。

       土居征夫((財)企業活力研究所理事長、元NEC執行役員常務)


一般人のための坐禅の会【釈迦牟尼会】ホームページ
http://www.zenmi.net
(財)企業活力研究所ホームページ
http://www.bpf-f.or.jp

2006年03月23日

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