Vol.20 『覇道』か『王道』か ーーー孫文からの問いかけ

[その他政治・社会分野]

『覇道』『王道』は、もともとは儒教の政治思想です。

〈大辞泉〉によれば、

      『覇道』は、「儒教の政治理念で、武力や権謀をもって
               支配・統治すること」
      『王道』は、「儒教で理想とした、有徳の君主が仁義に
               基づいて国を治める政道」です。 


朱子学に『尊王蔑覇』という言葉があります。『王道』を尊び『覇道』を軽蔑すべしという教えです。

しかし昨今世界では、軽蔑すべきその覇道政治が大手を振ってまかり通っています。

そのリーダーが【ブッシュのアメリカ】であることは誰もが認めるところですが、そのアメリカに過度に追随し始めたわが国もまた、急速に覇道的政治の国に変わりつつあるように感じています。

冷戦終結後、新たなる緊張と混迷を深めつつある世界情勢。
時に『覇道が必要』『覇道やむなし』と思われる局面も確かにあります。

しかし、重要なことは、『覇道は覇道を呼ぶ』ことです。

覇道政治の応酬により相互不信は拡大し、『覇道の連鎖』は止まらなくなってしまいます。
テロリストを力で押さえ込むことが不可能なことは、今や歴史が証明しつつあります。
同様に政敵を力や策略で押さえ込むこともまた不可能です。


国の内外で王道政治への復帰が切望されるところです 。


欧米人は、もともと『覇道』のDNAを受け継いでいるように思えます。結局は肉食人種ということでしょうか。

それに較べ東洋人は『王道』のDNAを受け継いでいると感じています。
なかでもわが国は、先祖伝来の自然崇拝・神道精神と、外来の仏教とを見事に調和させ、『東洋の王道』をまさに開花爛熟させた国と言えましょう。


そのわが国で、覇道的政治が再び横行し始め、偏狭なナショナリズムが息を吹き返しつつあり、【目には目を】的な発言が世間の喝采を浴びる、、、そういった「風」が、数十年ぶりにまた吹き始めたことに対し、私は重大なる危惧を抱いています。

端的に言えば、わが国は知らず知らずのうちに再び【戦争をする】方向に一歩踏み出したのではないかと心底案じています。

今を去る80有余年前の1924年11月、辛亥革命の孫文は「大アジア主義」と題する講演を神戸で行いました。

それは『功利強権を主張する西方の覇道文化』と『仁義道徳を主張する東方の王道文化』の違いを切々と説き、わが国の進むべき方向について鋭く問いかけるものでした。

講演の最後は次の言葉で締め括られています。

      “貴方がた日本民族は、既に一面欧米の覇道の文化を取り
      入れる と共に、他面アジアの王道文化の本質をも持って
      居るのであります。

      今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、
      或いは東洋王道の干城となるか、それは日本国民の詳密な考慮
      と慎重な採択にかかるものであります。“ 
                         (「孫文選集」)


孫文はこの講演の4ヶ月後北京で客死します。

私はこの演説を、我々に対する彼の遺言と受け止めています。孫文のこの問いかけに、我々は今こそあらため て、謙虚にそして冷静に耳を傾けるべきと考えます。

【アングロサクソンの時代】が間違いなく終章を迎えつつあり、【アジアの時代】が今後少なくとも4~500年間は続くものと私は確信しています。

そのアジアにあって、我々が引き続きそれなりの地歩を占め、各国から尊敬を得るためには、『東洋王道の干城』に徹する以外、道は無いものと固く信じています。


アジア全体が『王道楽土』(王道によって治められる平和な楽しい土地――大辞泉)となって末永く繁栄が続くよう、わが国は物心両面にわたり、積極的な貢献をすべきでありましょう。

同時に、国民ひとりひとりもまた草の根レベルでアジアの人々との友好を深め、信頼の絆を強めるべく、小さなことから、出来ることから始めることが重要だと考えています。

それが、【革命いまだならず】と言い残して死んでいった孫文に対する、我々のせめてもの餞だと思っています。
                               (完)

2005年07月05日

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