Vol.15 「夕焼け小焼け」に思う

[その他スピリチュアル分野]

   
     “夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る 
     お手々つないでみな帰ろう からすといっしょに帰りましょう
     子供が帰ったあとからは 丸い大きなお月さま 
     小鳥が夢を見るころは 空にはきらきら金の星”

 
『日本の心』を強く感じさせる童謡【夕焼け小焼け】 、私は子供の頃、毎日この歌を口ずさみながら家路についていました。 

今の東京都八王子市の宮司の家に生まれた中村雨紅、本名高井宮吉が、この詞を書いたのは大正8年。
週末、勤務地に戻るべく、生家から何時間も歩いて八王子の駅に着き、東京行きの列車を待つ間にすらすらと書き上げたと述べています。


爾来八十数年、戦後からでもほぼ六十年、雨紅の生家宮尾神社のま下には八王子駅行きのバスも通り、駅の前には近代的なビルが立ち並んでいます。


想えばこの八十有余年、なかんずくここ三~四十年で、わが国はなんと便利で物質的に豊かになったことでしょうか。


衣食住は一応充足、都会には昼も夜も無くなり、日本中いや世界中どこへでも簡単に行け、コンビニ・携帯・インターネット、、、、、、、、、、まさに至れりつくせりです。

しかし一方で、自然破壊は進み、良き家族的伝統は崩れ、教育の現場は混乱、凶悪犯罪は日毎に異常性を高め、自殺者は年間三万人超、、、、、、、、、精神は荒廃し、なんとも殺伐とした国になってしまいました。

このまま行くといったいどうなってしまうのか、暗澹たる想いに囚われ深く考えさせられます。


もちろん、同種の問題は、わが国のみならず先進諸国おしなべて抱えています。

しかし、わが国は原爆・敗戦・被占領という未曾有の体験を境に、それまで の制度や精神・文化・伝統などをかなぐり捨て、「合理至上主義」とも呼べる西洋流の考え方に立って猛烈なスピードで物質文明・都市文明を希求してきました。

その為に、代償も他国よりずっと大きくなってしまったことは間違いありません。

ではいったいどうすれば良いのか? 今何をなすべきなのか?

私は、ここ何十年間か、物質文明を追い求めるのにかまけて、我々が傍らに追いやってきたこと、忘れてしまったもの、それらに再び眼を向けることが最も重要と考えています。


自然に親しみ、四季を愛で、生きとし生けるものを慈しみ、人智を超したものを畏れ、ひたすら神仏に祈る、、、、、それが昔の日本人の生きざまでした。
そしてそれが『日本の心』の原点と言えます。


便利さ・物質的豊かさの真っ只中に、自信を持って『日本の心』を吹き込むこと、今、それが求められていると考えています。

迂遠に見えても結局はそれが我が国を救う早道であると固く信じています。


もっとも昨今、特に都会では、自然や動物との触れあいの場はなかなかありません。

都会の大人達は、大自然の良さを子供たちに体感させることにもっともっと意を用いるべきでありましょう。童謡と組み合わせることも効果的と思います。

【夕焼け小焼け】はもとより、【ドングリころころ】【七つの子(からすなぜ泣くの、、)】【蝶々と仔牛(蝶々蝶々ひらひら飛べよ、、)】などなど、昔の童謡の多くは自然や動物との触れあいの喜びを謳っています。


童謡の心 が即ち『日本の心』でもあります。


JR八王子駅から陣馬高原行きのバスに小一時間乗りますと「夕やけ小やけふれあいの里」に着きます。ポニーに乗れ、川遊びもでき、宿泊施設もあります。

もちろん中村雨紅の資料コーナーもあり、雨紅の生家宮尾神社もすぐそばです。
【夕焼け小焼け】の世界に浸れること請け合いです。


(社)八王子観光協会のホームページは下記です。
http://www.hachioji-kankokyokai.or.jp

                                  (完)

2004年11月26日

≪ Vol.14 NPO法人「広報駆け込み寺」について | TOP PAGE | Vol.16 「不殺生戒」を今あらためて ≫