Vol.2 「日本尊厳死協会」について

[その他生命倫理関連]

私は、瀬戸内寂聴さんのお勧めで、この協会に入会致しました。

会員目下約十万人、入会金不要、年会費は三千円。年会費は、入会時の会員の「宣言」を毎年再確認するという意味あいも持っています。『尊厳死の宣言書』全文は次の通りです。

------------------------------------------

私は私の病気が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁者 ならびに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。

なおこの宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。
従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。

(1)私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫って
  いると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は
  一切おことわりいたします。

(2) 但し、この場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。
   そのため、たとえば、麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったと
   しても、一向にかまいません。

(3) 私が数ヶ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の
   生命維持措置をとりやめて下さい。

以上、私の宣言による要望を忠実に果たして下さった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあることを附記いたします。
                  (住所・氏名・印・生年月日)

------------------------------------------


意識も無く、助かる見込みが全く無いことがはっきりしているにも拘わらず、何本もの管を体につけられ、無理やり生かされているという状況は、患者本人の魂にとっても、また家族にとっても苦痛以外のなにものでもありません。

しかし、『そういうことは止めて欲しい』という意思を予め明確にしておきませんと、医療の現場において家族側から『もう管を外して下さい』とはなかなか言い出せないものと思います。

一方、医師としては、患者がともあれ一日でも長く生きていて欲しいと願うものでありましょう。
一番苦しいのは、早く安らかに昇天したいにも拘わらず、その意思を伝えるすべは既に無く、しゃにむに力ずくで生かされている患者本人であります。


「尊厳死」のある意味でひとつ先に位置するのが「安楽死」かもしれませんが、「安楽死」はもろもろの予期せぬ負の可能性もはらんでおり、これには慎重の上にも慎重に取り組むべきと考えております。

しかし、こと「尊厳死」に関しては、形而上の視点で考えても全く問題は無く、むしろ気貴い行為であると思っております。

詳しくは尊厳死協会のホームページをご覧いただくことをお勧め申し上げます。
                               (完)

2004年01月01日

≪ Vol.1 この世に偶然なし | TOP PAGE | Vol.3 企業広報は謙虚に愚直に ≫